PUBRIC INFORMATION CHOFU No.1537 みんなが笑顔でつながる・ぬくもりと輝きのまち調布 市報 ちょうふ 【1】 平成27(2015)年12月20日 水木しげるさん追悼臨時号 ■発行:調布市 ■所在地:〒182-8511 東京都調布市小島町2丁目35番地1 ■編集:行政経営部広報課 ■調布市ホームページ http://www.city.chofu.tokyo.jp/ 問合せ/電話042-481-7111 調布市制施行60周年 名誉市民 水木しげるさんを偲んで  調布市の名誉市民、水木しげるさん(93歳)が平成27年11月30日にご逝去されました。  水木しげるさんは、大正11年に大阪市で生まれ、間もなく鳥取県境港市に移り住みました。21歳で徴兵され出征し、激戦地ニューブリテン島のラバウルで爆撃のため左腕を切断。昭和21年に復員後、漫画家としてデビューし、昭和34年に調布市富士見町に移り住みました。  これまでに、市の図書館だよりの表紙絵を描き下ろしていだだくなど、さまざまな形で市に貢献いただきました。また、鬼太郎が描かれたミニバスや自転車駐車場などのほか、天神通り商店街の「ゲゲゲの鬼太郎」のモニュメントは、多くの市民に親しまれています。  水木さんを偲び、これまでの調布市との関わりを振り返ります。 故 水木しげる氏(本名:武良 茂)の略歴 年/内容 大正11(1922)年/大阪市住吉区に生まれ、生後間もなく鳥取県境港市に移り住む 昭和18(1943)年/召集されラバウルに出征 昭和19(1944)年/戦地でマラリアを発症。焼夷弾で左腕を失う 昭和21(1946)年/ラバウルから日本へ復員 昭和33(1958)年/「ロケットマン」で漫画家デビュー 昭和34(1959)年/調布市民となる 昭和35(1960)年/「幽霊一家・墓場鬼太郎」を刊行 昭和36(1961)年/布枝さんと結婚 昭和38(1963)年/「悪魔くん」を刊行 昭和39(1964)年/漫画誌「ガロ」が創刊。人気漫画家となる 昭和40(1965)年/「テレビくん」で第6回講談社児童まんが賞を受賞 昭和41(1966)年/株式会社水木プロダクション設立 昭和42(1967)年/「墓場の鬼太郎」のテレビアニメ化に伴い「ゲゲゲの鬼太郎」と改題 昭和43(1968)年/「ゲゲゲの鬼太郎」のテレビアニメ放映開始 昭和48(1973)年/戦争体験をもとにした漫画「総員玉砕せよ!」を発表 昭和52(1977)年/自伝「のんのんばあとオレ」を刊行 昭和63(1988)年/自伝的漫画「コミック昭和史」を刊行 平成3(1991)年/紫綬褒章受章 平成8(1996)年/日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞  平成15(2003)年/旭日小綬章を受章 平成19(2007)年/「のんのんばあとオレ」でアングレーム国際マンガフェスティバル最優秀作品賞を受賞 平成20(2008)年/調布市名誉市民となる 平成21(2009)年/「総員玉砕せよ!」でアングレーム国際マンガフェスティバル遺産賞を受賞。2008年度朝日賞を受賞 平成22(2010)年/文化功労者に選出される 平成23(2011)年/東京都名誉都民となる 平成24(2012)年/「総員玉砕せよ!」でウィル・アイズナー賞最優秀アジア作品賞を受賞 平成27(2015)年/「コミック昭和史」でウィル・アイズナー賞最優秀アジア作品賞を受賞 水木しげるさんを名誉市民に  漫画を通しての調布市への貢献や文化の興隆、さらには多くの市民から愛されていることから、平成20年3月に名誉市民に推戴しました。顕彰式であいさつに立った水木さんは、「こういう席で何か一言といわれても、うれしいと言わざるを得ないし、悲しいとは言えないですな。まあ、ありがとうございましたということで、終わりでございます」と話され、場内は笑いの渦に包まれました。 市報ちょうふでの対談エピソード  昭和45年の元旦号で、水木さんは、「平和を維持するという大きな目標があることを忘れている人が多いですね。」と平和の大切さを訴えました。また、「どうして自然を守らないんでしょうね。大きな立派な木をどんどん切っていますね。深大寺も十年すれば、どうなるでしょうか。あの周辺だけでも守り抜きたいですがねぇ…。」と自然保護の大切さにも触れられていました。  また、平成22年の元旦号では、水木さんの妻・武良布枝さんと長友市長の新春対談をご紹介しました。同席された水木さんは、水木夫妻にとっての調布は?という質問に、「私が来たころから畑でしたけどね、今でも畑ですよ。だから昔と変わらない。でもビルなんか見ているよりは畑のほうが頭がすっきりするものでした。だから具合はいいです。頭がますますさえてきます。深大寺なんかいいね。」と笑顔で答えておられました。 調布市長 長友貴樹  水木しげるさんの突然の訃報に接し、しばし呆然としてしまいました。長年にわたりお目にかかるうちに、私は水木さんに人間界を超越した存在感、たとえて言えば、あたかも不老不死の法を修めると言われる仙人のような面影を拝見していたように思われます。  水木さんは、無限に優しい方でした。数年前、心無い人間によって天神通りの鬼太郎像が盗まれるという残念な事件が発生しました。その時も、決して犯行を非難することなく、「盗んだ人に悪いことが無ければいいが」と、逆に犯人を気遣っておられました。  その優しさはどこから生まれてきたものでしょうか。もちろん、生涯愛された故郷鳥取県境港における情愛に満ちた暮らしがお人柄に投影されたことは想像に難くありません。それに加えて、戦時中の筆舌に尽くし難い環境が、水木さんのその後の人生に何らかの影響を及ぼしておられたのでしょうか。私には、死線をさまよい、九死に一生を得られた体験が博愛を導き、それによって万人が癒されていたのだろうと思われます。  その思いを大切に受け継ぎながら、より「ぬくもり」の感じられるまちを創ってまいります。  水木しげるさん、本当に有難うございました。 調布市議会議長 鮎川有祐  水木しげるさんの思い出として真っ先に思い浮かぶのは、平成20年3月の調布市議会の本会議場で執り行われた、調布市名誉市民の顕彰式のことです。市長をはじめ、市の幹部職員とともに私も一議員として出席をしておりました。受章のあいさつに立たれた水木さんは、「名誉市民をもらっても、どってこと……」と本音もポロリ。そのユーモア溢れる語り口調に、本会議場は、ドッと笑いの渦となり、一気に和やかな雰囲気に包まれました。お人柄を偲ばせる出来事として、今でも、強く私の印象に残っております。  水木さんの御功績は、今さら申し上げるまでもありませんが、漫画家として一貫して追求されていた「自然への畏怖の念」や「平和を希求する想い」は、「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとする数々の作品やキャラクターたちによって、今後も世代を超えて引き継がれていくものと確信しております。  また、半世紀にわたりお住まいいただいた、この調布市における文化や産業振興への御貢献は、計り知れません。心よりお礼を申し上げます。  水木しげるさん、本当に有難うございました。  安らかにお休みください。 水木しげるさんの献花台を設置  平成27年12月27日(日曜日)(予定)まで、文化会館たづくり1階エントランスに、献花台を設置しています。 No.1537 平成27(2015)年12月20日 【2】 水木しげるさん追悼臨時号 鬼太郎に会えるまち ちょうふ 水木しげるさんと調布市の主なあゆみ 年月/内容 ★昭和45(1970)年1月/市報ちょうふ元旦号で新春放談「人間らしく生きたいな」を掲載 ★昭和63(1988)年7月/図書館だより「調布を描く」シリーズ始まる(No.128からNo.156の7年間) 【図書館だより「調布を描く」シリーズ 図書館だよりNo.128(昭和63年7月15日発行)からNo.156までの7年間に渡って、調布の風景を描き続けていただきました。描き下ろしは終了しましたが、現在でも「鬼太郎」が図書館だよりの表紙を飾り続けています。】 ★平成3(1991)年10月/紫綬褒章受章記念「水木しげる原画展」を開催 ★平成8(1996)年10月/天神通り商店会が「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクター・モニュメントを設置 【天神通り商店会が「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクター・モニュメントを設置 布多天神社への参道でもある天神通り商店街では、鬼太郎やねずみ男、一反もめんなどのキャラクター・モニュメントに出会えます。】 ★平成14(2002)年7月/水木しげるさんの原画展を開催。「ゲゲゲの鬼太郎」、「河童の三平」、「悪魔くん」をはじめ、調布にちなんだ作品、妖怪像などを展示 ★平成15(2003)年3月/調布市ミニバスに鬼太郎が描かれる 【調布市ミニバスに鬼太郎が描かれる 調布市のミニバスに、鬼太郎が最初に描かれたのは平成15年に運行開始した東路線でした。現在は全ての路線のミニバスに描かれ、「鬼太郎バス」の愛称で親しまれています。】 ★10月/深大寺に「鬼太郎茶屋」がオープン 【深大寺に「鬼太郎茶屋」オープン 平成15年、深大寺の門前に「鬼太郎茶屋」がオープン。お店の内外のいたるところで妖怪たちが待ち受けています。1階には鬼太郎グッズが買えるショップや妖怪喫茶、2階には水木さんの妖怪画などを展示した妖怪ギャラリーがあります。】 ★12月/株式会社水木プロダクションが鬼太郎の木版画「妖怪道五十三次 京都 晴姿妖怪道中」を市に寄贈 ★平成18(2006)年11月/「地域を見守るみんなの目」のポスターとステッカーを作成 ★平成19(2007)年11月/盗まれた天神通り商店街の「ゲゲゲの鬼太郎」モニュメントが半年で復活 ★平成20(2008)年3月/水木しげるさんを名誉市民に(名誉市民顕彰式) 武良布枝さん「ゲゲゲの女房」を出版 ★平成21(2009)年4月/調布限定の「ゲゲゲの鬼太郎ポストカード」発売 NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」放送決定 ★5月/市役所に水木さんの「等身大パネル」を設置 ★8月/市職員「ゲゲゲの鬼太郎」の名刺を使用開始 ★10月/第4回境港妖怪検定が初めて調布市で開催される ★平成22(2010年)1月/市報ちょうふ元旦号で武良布枝さん単独インタビュー ★2月/「名誉市民 水木しげる展」を開催(から3月22日) 【「名誉市民 水木しげる展」を開催 水木さんの歩んできた道や、調布が舞台となった作品、仕事を支えてきた家族とのつながり、平和の大切さなど、さまざまな視点から「調布のまちの水木サン」が紹介されました。展示会場に来場された水木さんは「とてもよかったです。だって水木サンが出てるわけですから」と話し、周囲を笑いに包んでいました。】 ★3月/ゲゲゲの鬼太郎特別住民票交付開始(88歳誕生日を記念) 【ゲゲゲの鬼太郎特別住民票の交付 ゲゲゲの鬼太郎が調布市に住んでいることを証明する「ゲゲゲの鬼太郎特別住民票」を作成し、希望者に交付しました。】 知的障害者通所授産施設「ふぁんふぁーれ」(小島町1丁目22番地7)でゲゲゲの「妖怪焼き」発売開始 NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」放送開始 【NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」放送 水木さんの妻・武良布枝さんの自伝「ゲゲゲの女房」を原案とした昭和の青春物語です。調布を舞台に、好きなことに命がけで打ち込む夫を支え、おおらかに、そして朗らかに生きていくヒロインとその家族が描かれました(平成22年3月29日から9月25日、全156回)。ドラマのエンディングでは、調布の風景がいくつも紹介され、多くの人々の関心が集まりました。】 ★4月/石原小前公園(富士見町2丁目19番地)に「鬼太郎公園」の通称が誕生 【石原小前公園に「鬼太郎公園」の通称誕生 石原小前公園は、水木さんの自宅が近いことから、平成22年4月に「鬼太郎公園」の通称がつきました。小学校に面した入口の看板で鬼太郎が出迎えます。】 ★5月/調布市観光案内所「ぬくもりステーション」がオープン(から平成25年10月31日) ★6月/「調布のまちと水木しげるさん」ギャラリー展示を開催(から9月23日) ★7月/ゲゲゲの鬼太郎ナンバープレート交付開始 【ゲゲゲの鬼太郎ナンバープレートの交付 ゲゲゲの鬼太郎キャラクターが入った、原動機付自転車(総排気量50cc以下)のナンバープレートを交付しています。】 ★10月/水木しげるさん、武良布枝さん、株式会社水木プロダクションに、市から感謝状を贈呈 ★11月/平成22年度市政功労者「特別功労」で武良布枝さんを表彰 ★平成23(2011)年3月/市の諸証明用改ざん防止用紙に「目玉おやじ」を使用 ★平成24(2012)年3月/卒寿記念イベント「妖怪の棲むところ」を開催(3月8日で90歳)。市から手形プレートを贈呈 ★8月/「ゲゲゲの女房」の主題歌である、いきものがかり「ありがとう」が調布駅の列車接近メロディーに ★平成26(2014)年9月/鬼太郎、猫娘、一反もめんが描かれた調布駅北第一自転車駐車場がオープン 【鬼太郎たちが描かれた調布駅北第一自転車駐車場がオープン 平成26年9月1日に開設した調布駅北第一自転車駐車場の外観には、鬼太郎、猫娘、一反もめんが大きく描かれています。また、平成27年8月、同自転車駐車場前に「妖怪ポスト」が設置されました(協力:上布田商栄会)。】 ★平成27(2015)年8月/「水木しげるの戦争と新聞報道展」を開催(から9月13日) 【「水木しげるの戦争と新聞報道展」を開催 戦後70年を迎えた今年の夏、水木さんの過酷な戦争体験をもとに描いた漫画「総員玉砕せよ!」や「ラバウル戦記」などの作品とともに、当時の新聞記事を展示しました。展示会場に来館された際のNHKの取材で、水木さんは戦争について「奇跡的に生き延びたって感じなんです。あまり思い出したくない。いやなことが多すぎて。戦争は即、死と考えなきゃいかんですよ。」と話されていました。】 調布駅北第一自転車駐車場前に妖怪ポストを設置