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トップページ > 市政情報 > 市長の部屋 > 市長コラム「手をつなぐ樹」 > 市長コラム > 平成28年度 市長コラム「手をつなぐ樹」(第274号から第296号まで)

ページ番号:3514

掲載開始日:2017年3月20日更新日:2017年3月20日

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平成28年度 市長コラム「手をつなぐ樹」(第274号から第296号まで)

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第296号 かけがえのない財産

 調布市民の歌「わが町調布」の一番で、「水面のひかる多摩川」とともに、調布のシンボルとして歌われているのが、「白鳳仏(はくほうぶつ)の深大寺」だ。
 その、国の重要文化財である深大寺所蔵の通称白鳳仏、正式名称「銅造釈迦如来倚像(どうぞうしゃかにょらいいぞう)」に関する文部科学大臣の諮問に対し、国の文化審議会が今月10日に国宝に指定するよう答申を提出した。60年を超えるわが市の歴史の中で最大級、そして今後もほとんどないと言えるほどの文化的慶事だ。
 深大寺の開創は、奈良時代の天平5(西暦733)年とされるが、この仏像はそれより半世紀程度遡(さかのぼ)る飛鳥時代後期に、白鳳文化華やかなりし畿内から武蔵国にもたらされたとも言われる。
 時あたかも、お隣の府中市では、国史跡である武蔵国府跡の国司の館(たち)や郡の寺とされる多磨寺の発掘調査が進み、国分寺市では、同じく国史跡の武蔵国分寺・国分尼寺跡の整備が進行中だ。今後、それらを含めて、多摩地域全体における古代史研究が活発になることにも期待を寄せたい。
 今後、仏像は「平成29年新指定国宝・重要文化財」展(註)で公開された後、大型連休明けに深大寺境内の釈迦堂に戻る予定だ。深大寺のご意向では奉迎式も予定されるとのことであり、市を挙げて今回の大変名誉な朗報を歓迎させていただきたい。

調布市長 長友貴樹

(註)上野の東京国立博物館にて4月18日(火曜日)から5月7日(日曜日)まで開催。

(市報ちょうふ 平成29年3月20日号掲載)

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第295号 友ありて

 社会に出てから40年以上が経過した。ということは当然、学生時代は40年以上前になるわけだが、当時の親友が体を壊してしまった。昨年末に他の級友と彼を見舞ったが、利き腕の右半身のほうが麻痺したために生活には多大の支障をきたしている。思考や言語にはまったく問題がなく楽しい会話が弾んだが、本当に気の毒なことだ。「近くの床屋に行くだけでも決死の覚悟だ。1センチの段差でも恐怖に感じるし、信号を渡り切れるかいつも綱渡りの思いがする」。身近の人間から聞かされると、身体に障害のある方の日常生活の大変さを改めて痛感する。彼との交友をこれからも大事にしていきたい。
 ほかにも若い頃からの友人とのいろんな交流がいまだに続いているが、みんな60代半ばになるとこれからの余生を見据えて、どのように時間を有効に使うか極めて真剣に考えている。趣味に興じたり、社会貢献活動に参加したりとその選択はさまざまだが、私にも大いに参考になる。
 彼らとの交流を通して、今更ながらに、人生に占める友人の存在の大きさに気づかされる。若い頃にはこれほどの強い思いはなかったように思うが、互いに自らをさらけ出し、理解し支え合える友がいることにより心の安定が保たれている。有難いことだ。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成29年3月5日号掲載)

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第294号 優勝だって

 2月5日に開催された第8回中学生「東京駅伝」には感動させられた。
 この大会は、東京都の26市23区および瑞穂町の50自治体から、選抜された中学2年生が男子17名、女子16名ずつ出場し男女別に覇を競うもので、平成22年に始まり24年からは、味の素スタジアムおよび隣接した特別周回コースが会場となっている。
 毎年、調布代表チームもよく頑張ってくれていたが、昨年の大会後に、なんとか少しでも順位を上げようと、教育委員会と各中学校の先生方を中心に強化策が検討された。
 まず、従来公立8校のみで代表選手を選んできたが、今回からは私立3校(晃華学園、桐朋女子、明大明治)にも協力を呼び掛けた。そして、代表選考会でベストメンバーを選出し、拓殖大学陸上競技部の指導も得た合同練習(註)を重ね本番を迎えた。
 当日は、多少肌寒い気温ながら無風に近い絶好の駅伝日和。オール調布の選手たちは本当によく健闘してくれた。その結果、男子は昨年の31位から22位。女子は37位から14位。男女総合でも31位から18位へと大幅に順位を上げることができた。
 選手を始め、協力いただいたすべての方に感謝申し上げるとともに、是非ともこの成果を次年度以降につなげていきたい。望みはでっかく持とうじゃないか。「優勝だって夢じゃない」。

調布市長 長友貴樹

(註)7回実施。うち2回で拓殖大学のご指導を受けた。

(市報ちょうふ 平成29年2月20日号掲載)

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第293号 聞きたかないよ

 「市長自身で退庁の定時アナウンスをしているんですか」。新聞報道を読まれた何人かの市民の方から問われた。ご苦労さん、もしくは、そこまでやるんですね、という口調で。
 あえて正直に申し上げると、残業縮減を促す放送を始めようという職員のアイデアには即座に賛同した。しかし、私が自らアナウンスを担当することについては、当初丁重に、だが断固としてお断りした。何故か。理由は簡単だ。私は30年近くサラリーマン生活を送ってきた人間だ。その間、心ならずも日々残業が続く時期も当然あった。その頃を思えば、「残業で疲れた時に、誰が(残業の元凶である)トップの声なんか聞きたいもんか。好きで残ってるわけじゃない」と反発されることが容易に想像されたからだ。
 「モーレツからビューティフルへ」。日本人の働き方、あるいは人生観に再考を促したキャッチコピーが一世を風靡(ふうび)したのは、高度成長真っ只中の1970年だった。国を豊かにするために、ハードワークが当たり前とされた時代にあって、そのような問題提起がなされたことを大いなる感慨を持って思い起こす。
 アナウンス開始後に若手職員に感想を聞くと、「疲れた時に、市長の声を聞きたくはありません」。ああ、やっぱり。「だから、聞く前に帰ろうと思います」。そうかそれなら、ま、いっか。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成29年2月5日号掲載)

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第292号 さらなる活躍を

 市役所に来られた方は、昨年来、2階入り口付近にカウントダウンのボードが設置されていることに気づかれたことだろう。
 これは、2020年のオリンピック・パラリンピックの開幕までの残り日数を表示するもので、調布市で開催される世界的スポーツの祭典に対する意識高揚を目指したものだ。是非、多くの市民の方に親しんでいただきたい。なお、2019年ラグビーワールドカップについては、昨年12月24日に大会までちょうど1000日となった。
 そのボードを調布に縁のあるリオデジャネイロオリンピックのメダリストも訪れてくれた。卓球男子団体銀メダルの丹羽孝希選手とシンクロナイズドスイミング女子団体銅メダルの小俣夏乃(かの)選手だ。両選手とも来たる東京オリンピックにおいてさらなる活躍が期待される。
 また、それ以外でも昨年は、市内在住の多くのスポーツ選手から素晴らしい成績の報告を受けた。岩手国体ウエイトリフティング優勝の紙屋十磨(とおま)選手。全国障害者スポーツ大会水泳競技の野村洋介選手と清水滉太選手(註)。そして、新極真カラテ全国大会優勝の小学3年生西園司君。それ以外に、野球では、調布リトルリーグの全日本選手権優勝も特筆に値する。
 各選手の、より大きな舞台における一層の飛躍を心から期待して応援を続けていきたい。

調布市長 長友貴樹

(註)全国障害者スポーツ大会水泳競技 野村洋介選手 25メートルバタフライ2位、50メートル自由形3位、清水滉太選手 25メートル自由形1位、50メートル自由形1位

(市報ちょうふ 平成29年1月20日号掲載)

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第291号 「ゲゲゲ忌」永遠に

 調布市名誉市民、水木しげるさんがお亡くなりになって本当に1年が経過したのだろうか。今でも、多くの妖怪たちとともに、水木さんがまちを温かく見守ってくださっているように思える。命日は、水木家ともご相談の上、「ゲゲゲ忌」と命名させて頂いた。
 一周忌にあたる11月30日は市議会定例会の初日であったが、議会側のご発案で開会前に桐朋学園大学の学生さんによる弦楽四重奏のコンサートが催された。「ゲゲゲの鬼太郎」も議場内に心楽しく鳴り響き(註)、お越しになった水木さんの奥様、武良布枝さんと二人のお嬢様にも大変喜んで頂いた。議員の皆様の温かい心遣いに心から感謝申し上げます。
 また、その直前の週末には、市内全域でゲゲゲ忌にちなんださまざまなイベントが挙行された。スタンプラリーには約5000人もの参加があったとのことで、今更ながらに水木ワールドの年代を問わない人気の高さを実感した。
 私は命日に水木さんの墓がある覚證寺に伺わせて頂いたが、こちらにもご焼香の人の列が絶えなかった。調布市は、このゲゲゲ忌をいつまでも大切にしていきたい。
 天上の水木さんおよびすべての市民の皆様にとって、来たる年が幸多き1年でありますように心からお祈り申し上げます。

調布市長 長友貴樹

(註)このほかに「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「ディヴェルティメント 二長調 第2楽章」「わが町調布(調布市民の歌)」が演奏された。

(市報ちょうふ 平成28年12月20日号掲載)

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第290号 市役所のガマさん

 先月、佐藤一夫国立市長が逝去された。任期2期目の半ばながら、国立市政における陣頭指揮のみならず、東京都市長会においても重要な役割をすでに担っておられたので、我々が受けた衝撃も極めて大きいものがある。
 豪放磊落(らいらく)な方だった。市長会の定期会合においても、佐藤市長の周囲には常に明るい笑顔が満ち溢れ、よくとおる笑い声で会議前の楽しい雑談をリードしておられた。
 それに加えて、私にとって佐藤市長の存在は特別な意味を持っていた。それは、亡き山口瞳氏にまつわるものだ。私は作家山口瞳の熱烈なファンで、およそ彼の著作は小説、エッセイを問わずほとんど読破しているが、その中の伝説的エッセイ「男性自身」に登場する愛称「市役所のガマさん」がなんと佐藤市長ご自身だったのだ。それを知って、是非一度、山口氏の思い出などをお聞きしたいとお願いしたところ、即座に「国立で一献の機会を持ちましょう」と言って頂いた。しかし、その直後に発病され、懇親はついに実現することはなかった。
 闘病を続けながら、最後の最後まで公務に全身であたられる姿は実に壮絶そのものであった。
 佐藤市長、本当にご苦労様でした。今度お会いできた時の四方山(よもやま)話を心から楽しみにしております。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年12月5日号掲載)

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第289号 国際協調を求めて

 米国大統領選挙に関して、日本における投票前アンケートの結果では、ヒラリー候補支持の回答が約9割に達したものもあったそうだ。国民性の観点から、やはりトランプ氏のような個性を受け入れることは、わが国ではなかなか困難なのだろう。
 ただし、もしヒラリー大統領が誕生していたとして、日本を含む世界のマスメディアはその状況をどのように論評しただろうか。私は、おそらく「多数が予想した結果に落ち着いた。しかし、米国の抱える問題への解決の道筋は依然不透明だ」という類(たぐい)の解説が主流を占めただろうと思う。内政、外交の両面において、現在米国が直面する困難な局面を大きく打開することは、誰が担当したとしても極めて難しいと言えよう。「米国は世界の警察官をやめる」と、オバマ大統領が宣言し世界中に衝撃を与えたのは3年前のことだ。今や米国に昔日の面影はなく、大きな役割を常に期待することが酷ということなのだろうか。
 だが、だからと言って各国の考え方がすべからく内向きになって、時に排外的な政策をとるようになっては、世界経済の発展や、環境問題の改善、さらに国際平和の維持に暗雲が立ち込めることは必至だ。
 子や孫の時代が平和で豊かなことを心から願うが、先行きを見通すことはますます難しくなってきた。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年11月20日号掲載)

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第288号 秋の夕暮れに

 時折、「市長というのも大変でしょうね」と、いたわりの言葉をいただき誠に恐縮する。温かいお心遣いには心から感謝申し上げるが、私は本心で、当然ながらどの仕事にもそれなりにご苦労があるもので、今の私の境遇が特段大きなご心配を頂くものではないと思っている。
 ただ、自分自身の場合、ごく普通のサラリーマン時代の日々と比べると、日常生活においてさまざまな変化が生じたことは間違いない。たとえば、通勤時間が劇的に短縮された。また、平日のみならず週末も丸一日、私事のみで過ごすということが極めて少なくなった(心楽しい催しが多いので、決して負担という意味ではありませんが)。そして、何よりもお会いする方の数が飛躍的に増加した。
 そのため、それに比例して冠婚葬祭、特に「葬」と「祭」への出席が以前と比較にならないくらい増えている。市長就任後、いったい何回の葬儀に参列させて頂いただろう。訃報に接するたびに、お世話になったもろもろの事柄を思い起こしてひととき感傷に浸る。そしてそのたびに寂しく思うとともに、個々の市政に対するご貢献の有難みをしみじみと感じる。
 秋の日は釣瓶(つるべ)落し。瞬く間に暮れゆくことを実感する季節には、ひとしお寂寥(せきりょう)感も募る気がする。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年11月5日号掲載)

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第287号 心からの謝意を込めて

 10月10日の体育の日に味の素スタジアムほかで挙行した調布市民スポーツまつりに、2名の方をサプライズゲストとしてご招待した。日本レスリング協会の福田富昭会長とリオデジャネイロ五輪女子レスリング63キロ級で見事金メダルを獲得した川井梨紗子選手だ。
 同五輪における日本レスリングチームが男女合わせて金メダル4個、銀メダル3個という素晴らしい成績を収めたことは記憶に新しい。その陣頭指揮をとられたのが福田会長であるが、同氏は日本における女子レスリング競技の創始者としても、その功績が高く評価されている。
 さらに、我々にとっては極めて幸運なことに福田氏が調布市民であるために、市はこれまでもレスリング協会からのさまざまな恩恵に浴してきたのだ。たとえば、あの国民栄誉賞に輝いた吉田沙保里選手に2度も調布市民駅伝のスターターをお願いできたのも同氏のお取り計らいによるものだ。
 そこで、調布市のスポーツ振興に関する長年のご貢献への謝意を込めて、同日、味の素スタジアムにおいて、市から福田会長に謹んで感謝状を贈呈した。また、川井選手からの、4年後の東京オリンピックに対する闘志あふれる決意表明もあり、スポーツまつり全体に華やいだ彩りを添えていただいた。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年10月20日号掲載)

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第286号 それぞれ愛おしくも

 今年で調布に住んで23年目になる。そのうち3年強は海外勤務で日本を不在にしたが、それでもこれまでの人生で最長の居住地であることは間違いない。
 それでは、自分は生まれて以来何カ所に住んだのだろうか。この素朴な疑問を解明すべく、転居数を数えてみた。その要因の大部分は言うまでもなく父親および自分の転勤であるが、記憶のある限りで18回だった。新潟、香川、広島、大阪、東京(世田谷、三鷹、調布)に加えて海外生活3回がその内訳だ。どうだろう。常に異動の可能性があるサラリーマン家庭だったとしても、やはりその回数は多いほうだろうか。もっとも、幼稚園から高校の途中までは同じまちに住んでいたので、常に2、3年ごとの引っ越しを繰り返していたわけではないが。
 広島以降のそれぞれの地には、時代ごとの思い出がある。もう二度と住むこともないだろうと思えば、なおのことすべてのまちが愛おしい。
 そして、縁あって終(つい)の住処(すみか)である調布に落ち着いた。市政に関与する立場に就いたから言うのではないが、このまちにめぐり合って本当に幸運だった。足の向くまま散策するときなどに感じる、そこはかとない安らぎをいつまでも大事にしていきたいと心から思っている。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年10月5日号掲載)

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第285号 わが身を守る備えを

 台風など大きな自然災害の発生が全国各地で相次いでいる。特に今年は、北海道や東北地方など、従来、風水害に見舞われることが比較的少なかった地域でも甚大な被害が生じている。
 本年調布市は、3市との間で災害時の相互応援協定を締結したが、その中に岩手県遠野市が含まれるので(註)、お見舞いの電話を差し上げた。幸い、被害は同市ではさほど拡大しておらず、わが市からの救援物資も当面は不要とのことで安堵した。
 ただ、その際に遠野市の本田市長がこう仰っていた。「高齢者グループホームで多くの死者が出た岩手県岩泉町の町長をよく存じ上げており、本当にお気の毒だ。しかし、豪雨の中で避難命令を出すことは難しいし、事前の号令ではなかなか多くの人が避難するものではない」。
 全く同感だ。平成19年に多摩川が氾濫する寸前まで増水したことがあったが、夜明け前の暗い時点では危険すぎて、高齢者から乳幼児までを避難所に向かわせる決断を容易に下すことはできなかった。テレビのコメンテーターが、「狼少年と言われてもいいから早めに避難命令を出すべきだ」と主張していたが、そんなに単純なものではない。
 行政も災害時には市民を守るべく当然全力を尽くします。皆さんもどうか、迅速な対応を常に心掛けるなど、わが身を守る備えをよろしくお願いします。

調布市長 長友貴樹

(註)その他、岐阜市および富山市と締結。

(市報ちょうふ 平成28年9月20日号掲載)

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第284号 訪中を終えて

 先月、東京都の市区町村を代表する訪中団の団長として、中国を一週間訪れた。これは東京都が、友好都市である北京市との間で1981年以来継続している交流事業であり、交互にミッションを派遣し合い、日本からは18回目となる。滞在中は、北京市及び国家観光局の要人等と面会し意見交換に努めた。
 私にとっては80年代以降4回目の訪中だったが、毎回訪れるたびに、中国の大きな変貌ぶりに驚かされる。約四半世紀前には、天安門広場周辺を含めて北京市内全域に自転車が溢れかえっていたが、今や、それは完全に自動車に置き換わり、渋滞もかなり深刻化しつつある。
 また、北京市を構成する16の区の内、二つの区を視察したがスケールの大きな事業展開に圧倒された。もっとも、区と言っても人口は100万人単位ではあるが。さらに、今回初めて中国の新幹線に乗車する機会を得たが時速300キロを超える走行にもかかわらず乗り心地は快適そのものだった。
 訪問を終えて、中国の経済力が国際的に、その存在感をますます大きくしつつあることを改めて実感した。いずれにしても中国側も強く望んでいたが、今回の自治体間のようなさまざまなレベルの交流を継続することが、両国間の相互理解の進展に有益であることは間違いない。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年9月5日号掲載)

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第283号 かけがえのない存在

 先月末に神奈川県の障害者支援施設で発生した痛ましい事件については、私自身未だにショックが癒えていない。
 どうしてあのような残酷な犯罪が起こりうるのだろう。どのように考えても常人の理解が及ぶところではない。今後、容疑者の判断能力についての鑑定実施は確実と見られる。だが、その結果、たとえ病んでいたとの診断が下ったとしても、それで、ご遺族など関係者の悲しみが消えるものでは決してないだろう。逆に、やり場のない怒りが増幅されるのではないかとも思われる。本当に、お気の毒としか申し上げようがない。
 そして、今回の一件で改めて考えなければならないのは、日常生活全般における障害者に対する理解のあり方だろう。私は、仕事を通して障害者およびそのご家族、またさまざまな支援者の方々とお会いすることも多く、調布市内における障害者福祉施策が多くの人々のご協力のもとに徐々に充実してきていることを確認し常に有難く思っている。
 ただ、施策の推進以前に心得る最も大事なことは何か。それは、障害のある方も健常者同様に懸命に生きておられ、ご家族にとってはかけがえのない存在であることへの当然の認識だろう。それゆえに、生命の尊厳が否定される今回のような行為を絶対に許すわけにはいかない。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年8月20日号掲載)

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第282号 1741分の1

 皆さんは、基礎自治体という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。これは、国の行政区画の中で最小の単位であり、日本で言えば市町村がそれにあたる。その数は、現在1718。それに同等の扱いとされる東京23区を加えれば1741になる。
 さて、2019年にラグビーワールドカップ、翌20年にオリンピック・パラリンピックと日本で2年続けて世界規模のスポーツの祭典が繰り広げられることはご存じの通りだ。サッカーのワールドカップを含めて世界3大スポーツイベントという呼び方もあるらしいが、そのうちの二つが同一国で連続して開催される可能性は極めて低く、もうわが国でも今世紀中には(あるいは永久に)無いかもしれない。
 そのように、国全体でも大変な幸運に恵まれたわけだが、各イベントの開催地を調べて驚いた。基礎自治体単位で、ラグビーが全国12カ所。同様に、オリンピックが20カ所、パラリンピックが17カ所と決定しているが、3イベントすべてを開催するのは、なんとなんと日本国中でわが調布市のみなのだ。つまり、1741分の1の幸運に恵まれたことになる。
 その数字も胸に刻みながら、3、4年後を心待ちにしたい。そこで、1741を覚えるために何か良いフレーズがないだろうか。すでに、「いーな、よい調布」というアイデアが出ているが、その他にはいかがでしょう。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年8月5日号掲載)

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第281号 さあ、4年間のカウントダウン

 20世紀の東京オリンピックは1964(昭和39)年10月10日から24日までの15日間開催され、21競技にわたり熱い戦いが繰り広げられた(註1)。それは52年前のことになるが、市民の皆さん(と言っても主に対象は50代後半以上の方になろうか)は、当時どこで何をしておられただろう。
 私は小学校6年生で大阪に住んでいた。そして、大会の1年前ぐらいからオリンピックを特集した雑誌を読み漁って、その日を胸ときめかせながら心待ちにしていた。東京の同世代の人間がものすごく羨ましく思えたことを鮮明に覚えている。
 その頃すでに調布に住んでおられた方は、今でも心地よい余韻を楽しむかのように、オリンピックにまつわるエピソードを本当に懐かしそうに語られる。特に、世界のトップランナーが甲州街道を疾駆したマラソンについては、アベベ(註2)や円谷(註3)の力走を昨日のことのように回想される。また、他の競技を国立競技場などでご覧になったと言われる方も多い。
 そのような体験談や思い出写真を是非、市にお寄せ下さい。(註4)。9月以降の市報に掲載させていただくなどして、20年オリンピック・パラリンピックの機運醸成に活用させていただきたいと存じます。7月24日でオリンピックまであと4年。

調布市長 長友貴樹

(註1)東京パラリンピックは、同年11月8日から12日にかけて9種目で開催。
(註2)国籍エチオピア。ローマ、東京とマラソン2連覇。ローマでは裸足で疾走。
(註3)円谷幸吉。陸上自衛官。同大会マラソン銅メダル。1万メートルも6位入賞。
(註4)市報6月20日号2面と市のホームページに募集記事。当時、調布以外にお住まいでも構いません。

(市報ちょうふ 平成28年7月20日号掲載)

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第280号 恒久平和への想いは

 英国の国民投票において、EU(欧州連合)離脱派が勝利を収めた。1989年の「ベルリンの壁崩落」や「東西冷戦の終焉」などを想起しながら、予期せぬ歴史の転換に臨み、しばし呆然とする。
 20世紀における、2次にわたる世界大戦後の痛切な反省に基づいて、欧州6カ国(註1)は1952年にECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)を設立した。石炭と鉄鋼を共同管理することによりフランスとドイツの紛争の芽を摘み、欧州、そして世界全体の恒久平和体制を確立しようとする試みだったと言えよう。それが発展してEC(欧州共同体)からEUに機構が拡充され、加盟国も現在の28カ国にまで増加した。
 その間に、英国はEC加盟(1973年)にこそ苦労したものの(註2)、その後は、主要構成国の一員として一貫して組織の発展に尽力してきたではないか。確かに、ユーロ導入など一部政策に異を唱えることはあったが、それにしても、今回まさか、EU離脱を選択するとは。
 今後、欧州に、そして全世界にどんな困難が生じるのだろう。四半世紀以上、欧州調査に従事してきた身としては、60年を超える各国の努力が一瞬にして灰燼(かいじん)に帰し、それにより世界経済や国際平和に及ぼされる悪影響が一挙に拡大しないことを切に願うばかりだ。

調布市長 長友貴樹

(註1)フランス、ドイツ(当時は西独)、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク。
(註2)他の経済連合、EFTA(欧州自由貿易連合)を組織していた英国の加盟に、フランスのドゴール大統領が強硬に反対。

(市報ちょうふ 平成28年7月5日号掲載)

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第279号 わが町調布

 何年か前、ある市民の方から「学校時代は楽しかったですか」と問われた。「そうですね。小学校では無邪気に楽しんでいましたが、中学あたりになると学業も気になるし、ときに友人関係も難しくなるなど悩みが生じてきました。でも、ほのぼのとした出来事が数多く心に残っています。高校に関しては、残念ながら良い思い出はほとんどありません」と正直に答え、「なぜですか」と、逆に聞いてみた。するとその方は、「そうですよね。誰にとっても、学校時代には喜怒哀楽さまざまなことがあり、決して良い思い出だけが残っているわけではないでしょう。そして、学校時代のトラウマ(註)が極めて強い人にとっては、夕方に防災無線で市内一斉に流されるチャイム音によりその記憶が呼び覚(さ)まされ、かなりの苦痛になっているのです」と言われた。
 それが、チャイム音をやめる大きな要因となった。しかし、現在のメロディーについても市民の皆さんはいろいろな感想をお持ちのことだろう。ただ、どれほどの方があの曲をご存じだろう。
 小中学生なら知っていると思われるが、実は、あれは昭和50年に制定された調布市民の歌「わが町調布」なのだ。調布の美しい自然などを織り込んだ歌詞とともに、是非多くの方に親しんでいただきたいと思っています。

調布市長 長友貴樹

(註)精神的外傷

(市報ちょうふ 平成28年6月20日号掲載)

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第278号 昭和の世ゆえに

 先日、早稲田大学グリークラブ(男声合唱団)OBの歌唱に接する機会を得た。平均年齢は60代かとお見受けしたが、現役にも負けぬ朗々とした歌声にすっかり魅了された。
 そう言えば男性ボーカルグループのボニージャックスは、結成当初、同クラブの出身者で構成されていた。美しい音色は今もなお健在だ。かたや、慶応大学ワグネル・ソサィエティー男声合唱団から生まれたのが、ダークダックスだ。その中でバリトンを担当しておられた喜早 哲(きそう てつ)氏の死去の報が今年3月に伝えられた。もうメンバーは2人となり(註)、内1名は病床にあるとのことだ。両グループの素晴らしいハーモニーは多くの人の心に永遠に生き続けることだろう。その他、「にほんのうた」シリーズなどで名高いデューク・エイセスも現役で活動しておられ根強いファンを有している。
 彼らの国内外の民謡や童謡を始めとする幅広いレパートリーの多くは極めて健全な抒(じょ)情歌であり、それを口ずさむとき、誰しも幼き日の出来事や心に残る故郷の情景などを思い起こす。そして、それにより、ときに陥る索漠(さくばく)たる心情が雪解けのごとく癒される思いがしたものだ。
 今後も、彼らのようなグループは生まれてくるのだろうか。それとも、昭和の時代背景のみが彼らを誕生させたのだろうか。

調布市長 長友貴樹

(註)2011年にトップ・テナーの高見沢 宏氏が死去。

(市報ちょうふ 平成28年6月5日号掲載)

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第277号 大温室をリニューアル

 5月12日に神代植物公園にお邪魔した。快晴の日和にも恵まれて、午前10時前だというのに驚くほど訪れる人が多い。年配のカップルやグループから、小学生とおぼしき可愛らしい見学者まで、それぞれのペースで思い思いに植物との触れ合いを楽しんでおられる。
 思わず深呼吸したくなるような清々しい空気を全身で感じつつ歩を進めると、深い緑に覆われた木立からキラキラと輝く木洩れ日が目に飛び込んできて、それも誠に好ましく思われる。折しも園内では、「春のバラフェスタ」が開催中であり(註1)、咲き誇る400種を超えるバラを眺めているだけで心が和み、時のたつのを忘れてしまうほどだ。
 当日の主目的は、大温室のリニューアルオープン記念式典への出席だったが、新装なった大温室は素晴らしいものだった。建物全体では、断熱性の高い複層ガラスの採用、温度管理設備の改修、園路や手すり等のバリアフリー化がなされるとともに展示内容としては、ラン類やベゴニア類を展示する温室が増築されたほか、チリ植物のコーナー(註2)やサボテン類などの乾燥地植物、また小笠原諸島の植物などの展示スペースが、それぞれ増設・拡充された。
 さわやかな初夏の日差しを浴びながら、一度足を運ばれることを是非お勧めします。

調布市長 長友貴樹

(註1)5月29日(日曜日)まで開催(休園日を除く)。期間中は早朝開園やコンサートなどを実施。
(註2)昨年、東京都と技術協力に関する協定を締結したチリ国立ビーニャ・デル・マル植物園より贈られた植物などを展示。

(市報ちょうふ 平成28年5月20日号掲載)

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第276号 支援の継続と備えの強化

 熊本地震に関しては、市民の方々から、お見舞いや支援の声が市役所にも多数寄せられている。
 調布市としては、東京都市長会の一員として見舞金を送付するとともに、市独自の活動として市役所本庁舎を始め多くの公共施設や各種イベント会場などに募金箱を設置するほか、社会福祉協議会とも連携して調布駅頭における募金活動などを実施してきた。また、職員有志による庁内募金も展開されている。議員の皆さんも調布市議会としてすでに現地に義援金を送られた。
 人的支援については、建築物の危険度判定等に従事する職員を4月中に派遣した。また、現地からの要請に基づき、物的支援を行った(註)。
 そのような中、本年も4月の第4土曜日(23日)に市立小中学校28校において「防災教育の日」としての特別授業および防災講演会や避難訓練・引き渡し訓練などが一斉に実施された。私も数校を訪れ、その内容を拝見させていただいたが、各校のプログラムはいずれも実践的で素晴らしいものだった。
 改めて、教育委員会にお礼を申し上げるとともに、その内容が一層充実するように市全体として全力で取り組んでいきたい。

調布市長 長友貴樹

(註)熊本県嘉島町にブルーシート600枚、宇城市に毛布100枚を送付した。

(市報ちょうふ 平成28年5月5日号掲載)

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第275号 白鳳仏が空を飛ぶ

 深大寺釈迦如来倚像厨子(しゃかにょらいいぞうずし)及び関連仏具一式が、このほど調布市の指定有形文化財(工芸品)に指定された(註1)。
 と言っても、これが何のことか即座に理解される市民の方はそう多くはないだろう。まず、倚像とは、台座に腰かけている姿の仏像の総称だ。深大寺における釈迦如来の倚像、そうこれは我々がよく知る白鳳仏の正式名称なのだ。
 調布市のシンボルとも言える深大寺は、満功上人(まんくうしょうにん)が天平5(733)年に法相宗(ほっそうしゅう)の寺院として開創した(註2)。その開創当時の本尊と申し伝えられてきた釈迦如来倚像が白鳳時代の仏像として国宝に指定されたのは、大正2(1913)年のことだ。そして、その2年後に仏像を安置するための両開きの扉がついた仏具である厨子が制作され、昭和7(1932)年に本格的な漆塗りの厨子が納められた(註3)。その厨子を今回、文化財に指定できたことは、わが市にとって大変意義深い。
 そして、その指定を祝福するかのように、このたび朗報がもたらされた。それは、日本・イタリア国交150周年を記念して、本年イタリアで開催される「日本仏像展(仮称)」(註4)に仏像彫刻の傑作として白鳳仏が出展されることになったのだ。今夏欧州を訪れる方は現地でご覧になってはいかがでしょう。

調布市長 長友貴樹

(註1)「その他、入仏式次第書・奉献額も指定対象物」
(註2)「その後、貞観元(859)年に天台宗に改宗」
(註3)老舗料理店「八百善」の栗山善四郎氏らが寄進
(註4)ローマのスクデリア・デル・クイリナーレ美術館で7月29日から9月4日まで

(市報ちょうふ 平成28年4月20日号掲載)

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第274号 頑張って

 スプリング ハズ カムが、日本語の「春が来た」にあたる表現であることは中学校で習った。それでは、英語で夏秋冬に関しても同様の言い方をするのだろうか。
 もちろん、主語を変えるだけでそれは文章としては可能であろうが、やはり厳しい冬の寒さを耐え忍んだあとの待ち焦がれた春の訪れであるからこそ、ついにやってきたという思いが他の季節より強く、このような表現が春については多用されるのだろう。
 日本では、その時季、桜の舞い散る中でピッカピカの1年生である児童や園児を目にして誠に心和む思いがする。
 もう60年近く前になるが、私はバスで30分ほどかかる幼稚園に一人で通わせられることになった。子育て施設も少なかった頃、それぐらいのことは普通だったのだろうか。2、3日、親が付き添ったあと、さあ今日からは一人で行ってきなさいと送り出されたが、終着点で降車後に道が分からなくなった。人生において人前で大泣きしたのは、ひょっとするとあの時だけかもしれない。
 親切な人に目的地に連れて行ってもらい事なきを得たが、毎年、緊張気味の1年生に遠い昔のわが身をだぶらせて、「頑張って」と心の中でエールを送っている。

調布市長 長友貴樹

(市報ちょうふ 平成28年4月5日号掲載)

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