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掲載開始日:2009年3月5日更新日:2009年3月5日
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平成20年度 市長コラム「手をつなぐ樹」(第111号から第131号まで)
コラム一覧
- 第131号 あの年の3月(平成21年3月5日号)
- 第130号 地域を舞台にセカンドライフ(平成21年2月20日号)
- 第129号 調布っ子いつまでも(平成21年2月5日号)
- 第128号 あれから20年(平成21年1月20日号)
- 第127号 たとえ牛歩のごときでも(平成20年12月20日号)
- 第126号 消えゆく胡同(フートン)(平成20年12月5日号)
- 第125号 半世紀を隔てて(平成20年11月20日号)
- 第124号 カナダ二題(平成20年11月5日号)
- 第123号 オペラふたたび(平成20年10月20日号)
- 第122号 力を合わせてスポーツ振興(平成20年10月5日号)
- 第121号 うたかたなれば(平成20年9月20日号)
- 第120号 郷愁を越えて(平成20年9月5日号)
- 第119号 調布から金メダル(平成20年8月20日号)
- 第118号 夏祭りの喧騒の中で(平成20年8月5日号)
- 第117号 中学生に学ぶ(平成20年7月20日号)
- 第116号 美しい調べを協定も支援(平成20年7月5日号)
- 第115号 リサイクル率 日本一(平成20年6月20日号)
- 第114号 ありがとうございました(平成20年6月5日号)
- 第113号 地域に根ざして10周年(平成20年5月5日号)
- 第112号 家族の絆とは(平成20年4月20日号)
- 第111号 子どもたちの笑顔のために(平成20年4月5日号)
第131号 あの年の3月
春3月。進学、就職、転勤など旅立ちの季節。
今から7年前の3月某日の昼下がり。私はリスボンの小さなレストランにいた。26年間のサラリーマン生活で国内外の出張は100回にも及んだだろうか。そして結果的に最後となった出張で訪れたのが、カスピ海のほとりのアゼルバイジャンとユーラシア大陸の西端ポルトガルだった。日本に帰ればただちに辞職願を提出する。心はすでに決まっていた。
しかし、仕事を終えて帰国する日の昼食を一人でとりながら思いは単純ではなかった。学校を出てからの四半世紀を超える歳月は長くも短くも感じられた。就職時の感慨、初めての出張、海外赴任。そしてその間の結婚、子どもの誕生など、脈絡もなく、また時の流れが相前後しながらさまざまな記憶がよみがえってくる。ただ、長く感傷に浸っているいとまはない。それよりも、この先経験することになるであろう非日常的な日々に対する漠然とした不安に心はさいなまれる。当然のことながら。そして、何としても家族を守っていかなければならないと身を固くする。
長い人生の中で、誰しも何度かの大きな決断を迫られるのだろう。春3月、この時期になると必ずあの時を思い返す。今もまだ深い感傷には浸れない。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成21年3月5日号掲載)
第130号 地域を舞台にセカンドライフ
サラリーマンには定年というものがある。長い間組織の中で懸命に働き充実感を得ても、必ず終着点が存在する。そこに至るまでの公私にわたる交友関係の拡大を含めた長期間のいとなみは、まさに人生そのものと言えるだろう。それだけに、その後の生活を独自に築いていくことには時として難しさもあると思われる。また、そのことは自営業の方にとっても、後継者に事業を託したあとの人生と言う観点では共通点があると言えるかも知れない。
2月7日に「第3回地域デビュー歓迎会」(註1)が開催された。セカンドライフ(第2の人生)の充実を謳い、団塊世代の出会いの場として設けられた会合に本年は120名もの方が参加され、社会貢献や生涯学習についての知識を吸収するとともに交流を深められた。
また、同時期に3日間、「輝きフェスタ200」(註2)が催された。これは男女平等および共同参画社会形成を目的とするイベントだが、今年は男性料理が題材に取り上げられたこともあり、リタイアした男性の参加が従来にも増して多かった。
さまざまな自主的活動を心から楽しんでいただくとともに、そのような活動が行政との真の協働に積極的な役割を果たしていくことを期待したいと思う。
調布市長 長友貴樹
イベントの詳細は、
(註1)生涯学習交流推進課電話441-6112へ、
(註2)男女共同参画推進センター電話443-1213へ
(市報ちょうふ 平成21年2月20日号掲載)
第129号 調布っ子いつまでも
昨年、あわただしい人の往来の中で嬉しかったことのひとつは、大阪時代の旧友との再会であった。私は高校2年で東京に転校したので、小中学校の同期生の多くとは40年以上音信不通が続いていた。今回、在京、在阪の多数の同期生と久しぶりに会えたのも、熱意ある幹事役の尽力があってこそであり、誠に感謝に堪えない。
ただ正直に言って、会合に出向くことは心楽しくもあり、また不安でもあった。当時の日々を思い起こしても、ろくでもないことばかりしでかしていたように思えてならなかったからだ。
やはり出席して良かった。今やみんな50代半ばとなり、以前より分別もでき(当たり前か)、ゆったりとした感覚の中でほのぼのと往時を偲ぶことができる。それぞれがたくましく生活基盤を築いていることも確認できた。また、会のリーダーが必ずしも昔の優等生とは限らないこともおもしろい。人生にはいろいろな年輪の重ね方がある。そして、全員が育ったまちをこよなく愛している。
あらためて思う。調布っ子たちには、たとえ将来国内外、他の土地に移り住むとしても、心のふるさととして生涯わがまちをいとおしんでほしい。それを今後とも可能にすることは大人の責任でもあるのだろうが。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成21年2月5日号掲載)
第128号 あれから20年
新たな年を迎えて私は一つの深い感慨に包まれている。あれからすでに20年かと。
1989年はまさに天下大乱の年だったといえよう。北京では6月4日に天安門事件が発生した。経済的に大きく飛躍しようとしていた中国が一体どのような方向に進んでいこうとするのか、この騒乱が国際社会に与えた衝撃はあまりにも大きかった。
その余韻がまださめやらぬ中で、欧州ではその夏以来、東欧諸国から西側に向けた亡命者が続出し、ついに11月9日には東西欧州分断の象徴であったベルリンの壁が崩落したのである。そして、12月には地中海のマルタ島で第2次大戦後の東西冷戦の終焉がブッシュ、ゴルバチョフ両首脳により宣言された。
当時、私は欧州を中心として世界情勢の変化を追っていたが、まさに、あらゆるものを飲み込まんとするすさまじい激流の中に身をおいて、振り落とされぬよう必死で小舟にしがみつく思いであった。
20年のときを経て世界はまた騒然とした空気に支配されている。ただし、その内容は、ふた昔前の政治変動とは大きく異なる。果たして、今回の混乱にも歴史の必然性はあるのだろうか。それを見極めた上での、国の針路に対する明確な政治的判断が求められていることは間違いない。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成21年1月20日号掲載)
第127号 たとえ牛歩のごときでも
今年も残すところ十日あまりとなりました。皆様にはどのような1年だったでしょうか。
市の嬉しいニュースとしては、まず3月に市政に長年貢献していただいた漫画家水木しげるさんに対して名誉市民の称号を贈らせていただきました。そして、8月の北京オリンピックにおいては、市内在住の内柴正人選手が日本選手団第1号の金メダルを獲得されました。
その反面、悲しい出来事もありました。4月に市職員大福康代さんが凶悪な殺人事件の被害者となり、弟さんとともに尊い命を落とされました。また、11月には現職の市議会議員鈴木正昭さんが急逝されました。心からご冥福をお祈りいたします。
その他、多くの市民のご協力をいただいた案件としては、5月の不発弾処理があげられます。電車や車の通行を停止させた上で1万6,000人にも及ぶ市民の皆様に避難していただくという未曾有の大プロジェクトとなりましたが、重病の入院患者の搬送を含めて無事に事態を収拾することができました。あらためて深く感謝申し上げます。
大変厳しい現今の経済状況の中でも、市としては来年にかけて一歩一歩着実に前進するための方策を講じてまいります。皆様、どうか良いお年をお迎え下さい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年12月20日号掲載)
第126号 消えゆく胡同(フートン)
東京都区市町村長の代表団の一員として中国を訪れた。主たる目的は、東京都と姉妹都市関係にある北京市との友好関係促進であり、北京市政府を表敬訪問するとともに、学校や市民活動支援施設などを視察させていただいた。
私にとっては3回目の中国訪問であったが、以前仕事で訪れたのは10年以上前であり、その間の中国の変貌ぶりは予想通りすさまじいものであった。近代的な空港は威容を誇り、自転車が姿を消した北京市内の大通りでは交通渋滞が常態化していた。そして、その通りの両側には東京をしのぐ勢いで高層ビルが立ち並んでいる。北京オリンピックを終え、上海万博に向かう中国の熱気に満ちた活力をまざまざと感じることができた。ちょうど昭和30年代から40年代の日本のような。
世界的経済危機の影響は中国にも及びつつあるとのことで、今年から来年にかけての経済停滞を予測する見方もあるようだが、躍動的な活力が一気に衰えることはなさそうだ。うらやましいことに。
ただ、その経済発展の影で、北京市内でも胡同(註)がどんどん取り壊され、古くからのまちの風情が急速に失われようとしている。致し方ないとはいえ、一抹の寂しさを禁じえない。
調布市長 長友貴樹
(註)フートン。北京市の旧城内を中心に点在する細い路地のこと。古くからの北京の街並みを残しているために近年、人気の観光スポットとなっている。
(市報ちょうふ 平成20年12月5日号掲載)
第125号 半世紀を隔てて
アメリカ大統領選挙でオバマ候補が勝利した。
その直後に、ある日本の新聞社が実施した日本国内での世論調査によると、選挙結果を「よかった」と思う人がなんと79パーセントに達し、「よくなかった」と思う人はわずか4パーセントだったという。アメリカ国内よりはっきりした優劣の判定を両候補者に下しているが、日本におけるこの反応をどう見ればいいのだろうか。
年代別では特に20代から40代の若い世代に「よかった」という人が多く、8割を超したという。これはやはり時代の変革(チェンジ)を47歳の若い指導者に託したいという期待感の表れだろうか。
しかし、年配の日本人の間にも結果を支持する声が多く、その割合は60パーセント以上に達したようだ。私見だが、日本でも1950年代から60年代にかけてのアメリカにおける公民権運動を記憶している世代は今回の結果をある種の感慨を持って受け止めたのではないだろうか。自由で夢に満ちた繁栄の側面を光とすれば、黒人に対する人種差別は明らかにアメリカの暗い影の部分だった。あれからわずか半世紀で。
必ずしもオバマ氏の政策を深く理解した上での評価ではないのだろうが、時代の閉塞状況を反映しているとは言えそうだ。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年11月20日号掲載)
第124号 カナダ二題
カナダのオンタリオ州トロントに行ってきた。目的はカナダ企業の対日進出促進シンポジウムへの出席。皆さんは、なぜ調布市が、と思われることだろう。当然ですね。
実はわが調布市の国領にマニュライフ生命の本社が存在するが、これはカナダから日本へのもっとも大きな投資案件なのだ。そのため、調布市長としてこのような素晴らしい成功事例をカナダ企業に具体的に紹介してほしいと日本政府から頼まれた。そこで、恵まれた投資先として調布市をPRさせてもらうことを条件にスピーチを引き受けた次第だ。制限時間内に目一杯わがまちを売り込んだ。
偶然は重なるもので、その出張の直前に、同じカナダのケベック州政府から「ケベック映画祭」の調布市における開催依頼を受けていた。これは、ケベック州で製作された多くの映画を紹介することにより、日本人にカナダおよびケベック州をより良く知ってもらいたいとのカナダ側の意向を反映したイベントだ。日本での開催地を探していたところ、「映画のまち」として調布市に白羽の矢が立ったというわけだ。来年の9月下旬に開催する予定でこれから準備を進めたい。映画を通じた国際交流で多くの市民の方に楽しんでいただきたいと考えている。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年11月5日号掲載)
第123号 オペラふたたび
海外勤務していたある日、単身赴任しておられた方を夕食にお招きした。ささやかな焼肉パーティーだったが、大変喜んでいただきこちらも嬉しかった。関西出身のその方が、その時ふと漏らされた言葉を今でも時折思い出す。「甘えすぎたらいかんのやけどねえ」。
また出てしまった。調布市民オペラ振興会の第11回公演「こうもり」に。2年前の「カルメン」では、市長役の登場場面に観客席に向かって手を振らせていただいた。当初、振興会の方々から、「今回は適当な登場シーンが無く残念ですね」と言われ、私も「そうですね」などと適当に相槌を打っていたのだが、1、2ヵ月前になって「演出に登場場面を加えるので出てもらえませんか」と打診があった。ただ、今回はせりふがあると言う。いくらなんでも、長期間にわたる準備を台無しにする危険性をおかしてまで出演にこだわるわけにはいかない。それほどまでに鉄面皮ではないつもりだ。
それが結局、多くの方のご好意を受けるかたちとなり、一生の思い出をつくらせていただいた。マンション住まいで大声も出せず、他に用も無いのに車を走らせもしたが。残念ながらすでに故人となられた方の優しい笑顔が浮かんでくる。「甘えすぎたらいかんのやけどねえ」。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年10月20日号掲載)
第122号 力を合わせてスポーツ振興
秋の深まりとともに、市内でもスポーツ関連の行事が目白押しとなってきた。
毎年感じることだが、その中でも地域運動会の開催はわがまちの誇りと言えよう。近隣の自治体によっては同様の催しが困難となっているそうだ。調布市における地域ごとの温かさを末永く大事にしていかねばと思う。
また、先日は同じ日に二つの武道大会を拝見した。近藤勇杯争奪少年剣道大会と調布市民体育祭参加のなぎなた競技会。伝統ある武道らしくいずれも競技に先立って基本動作の型が披露された。礼を尊ぶ姿勢は好ましく、かつ流れるような所作が美しい。
武道のすばらしさに触れるとともに、基本の大切さを再認識する思いがした。確かな基本にもとづく反復が技術向上の唯一の道であることは言うまでもない。ただそれが難しい。スポーツでも芸事でも「開眼(かいげん)」したと思える瞬間は多々あるが、あぶくのようにその感覚が消え失せるのはなぜだろう。
同じく武道で、北京オリンピック金メダリストの調布市民、内柴正人選手にスポーツ栄誉賞(註)を贈呈させていただくこととなった。今月13日13時に、お時間のある方は味の素スタジアムの「市民スポーツまつり」にぜひ参加いただきたい。
調布市長 長友貴樹
(註)オリンピックやパラリンピックに出場し、第3位までに入賞した市民に授与する賞。過去には、アテネオリンピック シンクロナイズドスイミング競技で銀メダルを獲得した藤丸真世氏が受賞している。
(市報ちょうふ 平成20年10月5日号掲載)
第121号 うたかたなれば
8月末の雷雨はすさまじかったが、皆さまはどのようなひと夏を過ごされたでしょうか。
わが家には今夏、私の両親が上京してきた。母は6年ぶりになる。つかの間の滞在は良い思い出となっただろうか。私はともかく3人の孫との会話では楽しそうにしていたが。
宮崎に帰る前日になって、急に二人とも以前住んでいた家を訪れてみたいと言い出した。歳も80代後半となり、このような機会はもう最後になるかもしれない。妻と二人で同行した。幸い小川のほとりの家は今も存在していたが、さすがに空き地が点在した周囲の景観はまったく様変わりしていた。20数年の月日の重さをあらためて痛感する。
我々のあとに移り住まれたご夫妻がご在宅だったことは本当に幸運だった。先方も私どもをよく覚えておられ、ご親切にも家に招き入れて下さった。
どの部屋にも、そしてたとえ一本の柱にも思い出が沁みついている。住み始めた時、私は大学に入ったばかり。親もまだまだ若かった。家族とのさまざまな喜怒哀楽の情景が走馬灯のように浮かんでは消えていく。
ふと気がつけば、今や私もちょうどあの頃の親の年齢。うたかたのふれあいと思えば、なおさら家族はいとおしい。そんな思いを胸に帰路についた。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年9月20日号掲載)
第120号 郷愁を越えて
京王線の工事に伴って、すでに国領、布田の両駅が仮の橋上駅舎化されているが、いよいよ9月14日から調布駅も同様の仮駅舎となる。
4年強使用するにすぎない仮駅舎とはいえ、中央口の南北階段に隣接した位置および改札後のホームへの昇降用にエレベーターが設置される。また、東口にはスロープ付階段を設け、これまで通り自転車なども押して通行可能となる。その他、トイレも男女それぞれの専用スペースに加えて、その中間に「だれでもトイレ」と名づけた共用スペースが確保される。中は約7平方メートル(四畳半程度)と広く、障害をお持ちの方や乳幼児連れの方にゆったりと使用していただける配慮がなされている。ベビーベッドも備えられるそうだ。
しかし、今より便利になることは結構だが、反面、長年慣れ親しんだ駅舎が大きく変貌を遂げることに一抹の寂しさを感じられる方もおられることだろう。私も、これまで多くの機会に調布市誕生以来の風景をフィルムおよび写真で目にしてきた。調布駅北口を甲州街道方向から眺めた情景は、今に至るまで昭和30年代の名残をとどめている。
半世紀のまちの営みを見続けて来られた市民の方々にとって、現駅舎の取り壊しへの感慨はいかばかりだろうか。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年9月5日号掲載)
第119号 調布から金メダル
8日に開会式を迎えた北京オリンピックにおいて、日本選手団初の金メダルを獲得したのはなんとわが調布市在住の内柴正人選手(男子柔道66キログラム級)であった。私もテレビの前で快哉(かいさい)を叫んだが、世界の頂点に立つという快挙に心からお祝いを申し上げたい。前回のアテネ五輪に続く連覇だが、その間のたゆまざる努力は驚嘆に値する。
今大会にはほかにも多くの市内在住もしくは活動拠点を調布に有する選手が出場している。7月18日には、そのうち参加可能な選手にお越しいただいて壮行会を開催した。柔道の中澤さえ選手、卓球の水谷隼選手にFC東京の梶山陽平、長友佑都両選手。さらには、調布市民ということで、福田富昭日本選手団長および木名瀬重夫女子レスリングコーチにも加わっていただき盛大な催しとなった(註)。
中澤選手は、市内の布田小および三中に通いながら柔道を続け、市民体育大会にも出場されていたそうだ。今年も同大会の開会が近づいてきたが、このように身近な場から世界を極めようとするトップアスリートが誕生したことは、あとに続く人たちのおおいなる励みとなることだろう。
本稿が活字になる時点でのさらなる朗報を期待したい。
調布市長 長友貴樹
(註)上記以外に競泳に出場する岸田真幸選手が調布市在住でアクラブ調布所属(現在はアリゾナ大学に留学中)。
(市報ちょうふ 平成20年8月20日号掲載)
第118号 夏祭りの喧騒の中で
7月19日に梅雨が明け、それと同時にその三連休から市内各地域で盆踊りを中心にした夏祭りが目白押しとなった。私も、多い日には1日数ヵ所というペースで各イベントにお邪魔して楽しませていただいている。
多くの日本人と同様かと思うが、私は盆踊りがとても好きだ。太鼓の響きや民謡のメロディーを耳にする時、なんとも言えぬ郷愁の念に襲われる。
突飛なことを言うようだが、私は思い通りにことが運ばない若者にはとても優しいつもりだ。なぜなら自分が落ちこぼれだったから。十代の後半、なんの目標も持てず、これといって楽しいこともなく、ただ鬱々としていた。確かに高校、大学と受験に失敗したことが落ち込む大きな要因にはなっていたが、それだけではなかったようにも思える。40年前の記憶はかなり薄れたが、とにかく日常生活すべてに嫌気がさしていた。そんな頃、ある夏に催された盆踊りで、ささくれだった心が深く癒されたことを今でも忘れない。
十代には十代の悩みも焦りもあることだろう。でも、そろそろ人生の道は自分で切り開いていかなければならない。そんな彼らを甘やかしてはいけないが理解はしてやりたい。夏祭りの喧騒の中で、そんなことを思っている。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年8月5日号掲載)
第117号 中学生に学ぶ
イタリア、フィレンツェの大聖堂の壁に日本人が落書きしたことが大きなニュースになった。その行為の是非は論じるまでもないが、さまざまなマスコミ報道を通じて私自身もいろいろ考えるところがあった。
まず、当然ながら落書きした当事者の倫理観についてである。外国旅行時の高揚した気分の中とはいえ、「軽いノリ」でさしたる罪悪感もなく行動に及んだとしたら、そしてその無分別な行動が氷山の一角だとすれば、日本人全体として道徳心の欠如をいま一度真剣に省みる必要があろう。また、ことは無邪気な落書きにとどまらない。食品偽装の摘発はあとを絶たず、「見つかったのは運が悪かっただけ」と居直る手合まで現れる始末。一億総無責任体制かと嘆きたくもなる。
しかし、わが国の今後についてまだ絶望するには及ばないと勇気づけられた。今月開催された「社会を明るくする運動」(註)の一環としての調布市内公私立中学生による意見発表会。各発表者が異口同音に社会におけるコミュニケーションやそれにより得られる地域の連帯の必要性を指摘し、自ら行動に移していくとの意気込みを語った。例年同様スピーチの日本語は美しく論旨もきわめて明快で、ひととき心洗われる思いがした。
調布市長 長友貴樹
(註)犯罪や非行の防止と罪を犯した人たちの更生について理解を深め、それぞれの立場で犯罪のない明るい社会を築こうとする法務省主唱の全国的な運動。市では、駅頭一斉広報活動、中学生サッカー教室などを実施している。
(市報ちょうふ 平成20年7月20日号掲載)
第116号 美しい調べを協定も支援
6月21日、梅雨空を吹き飛ばす美しい音色がグリーンホールに響き渡った。心にしみる演奏を披露してくれたのは伝統ある明治大学マンドリン倶楽部。私も楽しみに伺わせていただいたが、クラシックから古賀メロディーを含む日本の抒情歌、またラテン音楽と幅広いジャンルにわたる素晴らしい演奏会だった。
この催しは明治大学校友会の調布地域支部が主催されたもので、今回は支部設立15周年の記念イベントでもあった。そして、同時にこの演奏会を調布市・明治大学相互友好協力協定事業と銘打っていただいたことは、調布市にとって本当にうれしく有難いことである。加藤哲朗支部長を始めとする多くの関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
協定締結(註)後、明治大学との絆はまた一段と強まっている。今春、8シーズンぶりの優勝を果たされた野球部には、毎年、調布市の中学校のみを対象にした野球大会を開催していただいている。また、硬式庭球部、卓球部による市民へのご指導や遺跡調査における考古学分野のご協力にも感謝申し上げたい。
4月には付属中学・高校が駿河台から調布に移転され、鮮やかな紫色のスクールバスが市内を縦横に走り回っている。
澄みきった調布の青空のもと、さわやかに「なびけ 白雲」。
調布市長 長友貴樹
(註)市と地域の大学が文化、教育、学術、スポーツなどの分野で援助、協力し相互発展を図ることを目的に締結するもの。明治大学とは平成16年2月17日に締結。他の締結校は電気通信大学、桐朋学園、白百合女子大学、東京外国語大学。
(市報ちょうふ 平成20年7月5日号掲載)
第115号 リサイクル率 日本一
今回は、全市民のご協力により達成されたうれしいニュースをお届けします。
環境省は毎年、全国の自治体ごとにごみ処理のリサイクル率(註1)を算出し公表しています。それは、自治体の人口規模ごとに3区分されていますが、今年発表された平成18年度の結果によると、全国の人口10万人以上50万人未満の237市区の中で、なんとわが調布市がリサイクル率48・5パーセントで1位となりました。
調布市は平成16年度2位、17年度3位とこれまでも全国の最上位に位置しており、継続的な努力が今回の結果をもたらしたといえます。ちなみに、19年度の順位はまだ公表されていませんが、調布市のリサイクル率はすでに判明しており49・7パーセントとさらに高率となりました。他の自治体の率もおしなべて上昇しており、今後は、一概に順位にこだわるのではなく、50パーセント以上の率を目指して取り組みを強化していきたいと思います。
市としても、今年は特に洞爺湖サミットもあり環境問題に力を注ぐ中、先般のESCO事業(註2)における日本最高賞の受賞に続き最良の結果を得ることができ有難く存じます。
それもすべては各家庭における地道な取り組みがあってこそ。今後もよろしくお願いいたします。
調布市長 長友貴樹
(註1)ごみ発生量のうち、資源物としてリサイクルした量の割合。
(註2)事業所ごとに実施する省エネルギー対策。
(市報ちょうふ 平成20年6月20日号掲載)
第114号 ありがとうございました
さる5月18日に実施した不発弾の処理につきましては、本当に多くの皆さまにご協力をいただきました。
3月27日の発見以来、撤去日に至るまでの期間、地権者はもとより国や都、自衛隊、警察署、消防署、消防団、交通機関、ライフライン関連機関、医療機関、自治会、地区協議会、その他すべては書きつくせませんが、お世話になった方々は延べ何千、何万人に上ります。重篤な患者の移送など事前にはきわめて不安視された事柄もありましたが、お蔭さまで大きな混乱も無く作業を終えることができました。あらためて心から感謝申し上げます。
いまひとつは信じられない不幸なできごとに関してです。
あきる野市在住の調布市職員大福康代さんが痛ましい事件の被害者となり弟さんとともに尊い命を落とされました。
事件が発生した4月以来、全職員がご無事をお祈りしてきましたが、まことに残念な結果となりました。私は長野県の遺体発見現場およびご葬儀においてご冥福をお祈りしましたが、お気の毒で言葉もありません。
この間、多くの市民の皆さまからご心配およびお悔やみの言葉を頂戴いたしました。厚くお礼を申し上げる次第です。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年6月5日号掲載)
第113号 地域に根ざして10周年
83・8メガヘルツ。皆さんはラジオ放送局調布FMを普段どのぐらい聴いておられるだろうか。日頃から地域に密着した番組編成で、調布における日常生活に大変有益な情報を提供してくれている貴重な放送媒体だ。
同社が先月、めでたくも開局満10周年を迎えられた。そもそも平成7年に発生した阪神淡路大震災の教訓から、調布においても緊急災害時に避難情報などを迅速かつ詳細に発信する態勢を整えることを主目的として設立されたと伺っている。しかし、10年間の歩みの中で必ずしも経営は容易でなかったと推察される。関係者のご尽力に心から敬意を表させていただきたい。
また、サッカーチームFC東京も今年の秋に設立10周年を迎えられる。そのせいもあってか、今シーズンは開幕から出足好調で、7戦を終えた段階では3位と絶好の位置につけている。すでに10周年記念グッズの販売が開始されているほか、夏以降には特別イベントの企画もあるとのこと。楽しみにしたい。
加えて4月6日には、調布駅北口近くにこの両社とケーブルテレビ、ジェイコム社が共同でサテライトスタジオやグッズ販売コーナーを備えた新スポットを誕生させた。市民の皆様も是非一度足を運ばれればと思う。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年5月5日号掲載)
第112号 家族の絆とは
私は囲碁ができない。その昔、習得を拒否してしまった。話は単純だ。私の父は若い頃から囲碁好きでわが子にも教えこもうとした。が、問題はその教え方だ。まだ小学校に入るかどうかの幼児期に正座をさせられた上に、頭ごなしに「じょうせき」とやらを覚えろと言われる。ちょうど今頃の時期ではなかっただろうか。春のうららかな日差しの下、外からは友達の遊ぶ声がひっきりなしに聞こえるが、その輪に加わることもできない。これで囲碁を好きになれというほうが無理だ。
ただ、そのことを胸に深く刻み込んでいたはずなのに、ああそれなのに私も10年ほど前、スポーツの手ほどきで息子に同じことをしてしまった。強制的な指導にあれほど嫌悪感を持っていたのに、つい本気になり星一徹(註)を演じてしまった。ほんとうに愚かなものだ。
毎年桜の季節になると、このことをよく思い出し、ひとり苦笑する。ただ、そんな他愛もないできごとの繰り返しで家族が成り立っているのだなあと最近つくづく思う。
現在、親とは遠く離れて住んでいるので頻繁には会えないが、今年は妻の両親も一緒に、遅ればせながらの両家合同金婚祝いでも企画したいと考えている。
調布市長 長友貴樹
(註)劇画「巨人の星」の主人公、星飛雄馬の父。プロ野球選手に養成するために幼児期から厳しい試練を飛雄馬に課す。
(市報ちょうふ 平成20年4月20日号掲載)
第111号 子どもたちの笑顔のために
旅立ちの季節、今年も市内小中学校の卒業式に出席させていただきました。
40数年前の自分の時の記憶はすでにおぼろげとなったものの、やはり伸びやかに成長した子どもたちの晴ればれとした姿に接するのは嬉しいことです。開花は例年より少し早いのでしょうか。3月25日の小学校の式当日にはすでに桜の花もほころび、卒業生を祝福するかのように彩りを添えていました。
すべての卒業生に大いなる幸あれと心からのエールを送ります。そして、たとえ将来ほかのまちで生活することになろうとも、子ども時代を過ごしたこの調布をいつまでも覚え続けて、たくさんの良き思い出とともに偲んでもらえれば有難い限りです。
そのためにも、子どもたちの生活環境を整備することには今後とも全力を尽くします。その第一の観点はなんといっても安全の確保でしょう。
今年に入り、交通事故により市内の小学生の尊い命が失われました。あらためて心よりご冥福をお祈りいたします。そして、このような不幸を繰り返さないためにも、現在、全小中学校で実施いただいている旗振り、パトロールなどの自主的取り組みに深く感謝申し上げ、継続をよろしくお願いする次第です。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成20年4月5日号掲載)