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掲載開始日:2006年3月5日更新日:2006年3月5日
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平成17年度 市長コラム「手をつなぐ樹」(第53号から第74号まで)
コラム一覧
- 第74号 木枯しにも負けず(平成18年3月5日号)
- 第73号 半世紀を偲ぶ歌声(平成18年2月20日号)
- 第72号 早い復旧を祈って(平成18年2月5日号)
- 第71号 出会いをより大切に(平成18年1月20日号)
- 第70号 明るく穏やかな年を(平成17年12月20日号)
- 第69号 今年の漢字は?(平成17年12月5日号)
- 第68号 夕焼けが眩(まぶ)しかった頃(平成17年11月20日号)
- 第67号 市制施行50周年(その3)(平成17年11月5日号)
- 第66号 深大寺界隈(かいわい)から(平成17年10月20日号)
- 第65号 ニューハンプシャーから(平成17年10月5日号)
- 第64号 日々の備えを(平成17年9月20日号)
- 第63号 協定を活かして(平成17年9月5日号)
- 第62号 戦後60年に寄せて(平成17年8月20日号)
- 第61号 楽しく有意義に(平成17年8月5日号)
- 第60号 秋の味覚を楽しみに(平成17年7月20日号)
- 第59号 調布発 クールビズ(平成17年7月5日号)
- 第58号 歯は長い友だち(平成17年6月20日号)
- 第57号 心からのエールを(平成17年6月5日号)
- 第56号 連休が明けて(平成17年5月20日号)
- 第55号 新社会人の皆さんへ(平成17年5月5日号)
- 第54号 市制施行50周年(その2)(平成17年4月20日号)
- 第53号 市制施行50周年(その1)(平成17年4月5日号)
第74号 木枯しにも負けず
冬来たりなば春遠からじとは言うものの、春の訪れはまことに待ち遠しいものだ。
春一番にもちゃんとした定義があることを恥ずかしながらこの歳になって初めて知った。(1)立春から春分の日の間、(2)日本海で低気圧が発達している、(3)南寄りの8メートル以上の強風、(4)強風により気温が上昇、といった条件がすべて満たされなければいけないとのこと。
地球温暖化と言うように、確かに昔の方が今より少し寒かったのではないだろうか。でも子どもの頃は木枯しの中でも毎日、野球にドッジボール、相撲に押しくらまんじゅうと本当によく外で遊んだものだ。それに男子は真冬でも半ズボンが珍しくなかった。今では考えられないかもしれないが。「子どもは風の子」というような言葉はすでに死語になったかのようだ。ただ、冬は手が荒れて困った。ひび割れの手に何と言ったかな、そう桃の花。今でもあるのだろうか。
あのころ時間はいっぱいあった。学習塾などというものも無かったし。塾と言えばせいぜい、そろばんと書道ぐらい。しかし、だからと言ってわれわれの世代が今の子どもに比べて学力が劣っていたとは別に思わない。いったい何がどうなっているのだろうか。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成18年3月5日号掲載)
第73号 半世紀を偲ぶ歌声
人の記憶などというものは頼りないものである。かつ、残念ながら憶(おぼ)える力は年を追うごとに確実に衰えてくる。しかし不思議なことに、幼少時に体験した印象の強いできごとは忘れることがないものだ。前の日の昼食は思い出せなくとも。
私の最も古い記憶は何だろうと考えてみた。近くの川で子どもが溺れて死んだことではないだろうか。50年近く前のことでおぼろげではあるが、大人たちの会話を聞いて大変な恐怖を感じたような気がする。
市制施行50周年を祝う今年度、多くの市民の方から調布市誕生時のさまざまなエピソードを伺うことができて、まことに有意義だった。半世紀前のことをまるで昨日のことのようにいきいきと語られるのをお聞きしながら、まちの変貌ぶりを実感した。
また、数多くの50周年記念事業も本当に大勢の市民の皆様のご協力により、ここまできわめて順調に消化することができた。3月末まであとわずかとなったが、心に残るイベントを心掛けながら継続していきたい。
その一環として、2月26日には、いよいよ「NHKのど自慢」の公開生放送が実施される。調布では29年ぶり3回目とのこと。前2回をご記憶の方も、往時を偲びながらお楽しみいただきたい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成18年2月20日号掲載)
第72号 早い復旧を祈って
昨年末以来、日本各地において何十年ぶりかの豪雪による被害で多くの方が困難な生活を余儀なくされておられる。事故による死者もすでに100人以上に達したとのこと。まことにお気の毒なことで、一日も早い復旧をお祈り申し上げたい。
そのような中、調布市も姉妹都市の長野県木島平村に対する支援を開始した。まず、1月13日に職員が現地に赴き、市議会議員の皆様と市職員による見舞金をお渡しするとともに状況調査を行った。その時点で、12月以来の降雪量は合計で6メートルを超えていたという。
村では12月28日に豪雪対策本部が設置された。そして、災害救助法も1月7日に適用される中、村民総出で除雪作業にあたっておられたが、流石(さすが)に疲労困憊(こんぱい)のご様子であったという。
そこで、市としては急遽(きょ)職員の派遣を決定し、同行を申し出られた議員の方を含め、14名が1月17日から19日まで現地で除雪作業等に従事した。今後とも事態の推移を見守りながら、再度の支援が必要であれば、迅速に対応していきたい。
また、市民の皆様に救援のための募金をお願いいたしましたところ、予想を上回るご協力をいただきました。ここに厚くお礼申し上げます。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成18年2月5日号掲載)
第71号 出会いをより大切に
三が日を過ぎて、久し振りに大学時代の友人に会った。公立高校の校長をしている彼から昨年末に年賀欠礼の葉書を受け取り、それには1月にご尊父が他界されたとのみ記されていた。
もう10年以上お会いしていなかったかもしれないが、彼のお父さんには学生時代から本当にお世話になった。彼の家でよく飯や酒をご馳走になりながら、さまざまな社会問題に関して教えていただいたものだ。もっとも、こちらは世間知らずな若僧で、単に生意気なことを申し上げていたに過ぎないが、お父さんはいつもにこにこと、我々の議論に付き合ってくださった。
生前、ご無沙汰をお詫びしながらもう一度お会いしたかった。そして、酒を酌み交わしたかった。まことに後悔先に立たずの思いだ。そのせいもあり、「なぜもっと早く知らせてくれなかったんだ」と詰問調になる。「すまん、急なことだったもので」。
聞けば、一昨年の大晦日、大雪の降った日に雨戸を閉めようとして事故にあい、2日後に亡くなられたそうだ。友人は一人っ子で、昔から人一倍親孝行だった。1年経ってもまだ心の整理がつきかねているという。
今年は一期一会の気持ちで、日々の一瞬をより大事にしていきたい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成18年1月20日号掲載)
第70号 明るく穏やかな年を
もう15年ほども前のことになる。
あるうららかな土曜の昼どき、私は用事があって、徒歩で最寄りの駅に向かっていた。駅に近づいたあたりで、偶然、下校途中の長女に出会った。その年、小学校に入学したばかりの娘は、私を認めるなり笑って元気よく右手を大きく振って合図をしてみせた。「車に気をつけて帰れよ」。
ただ、それだけのことだが、なぜか私にとってはいまだに忘れ難い情景になっている。
初めての子がやっと小学生になったという感慨だったのかもしれない。何気ない日常生活のひとコマにささやかな人生の幸福を感じるといえば大げさにすぎるだろうか。
それにつけても本当に理解不能な痛ましい事件の連続で気が滅入る。ご遺族のお気持ちをお察しするに言葉を失う思いだ。子どもたちの安全を守るために、全力を尽くさなければならない。
今年最後の本欄をこのようなテーマで締めくくらざるを得ないことに、まことに深いやりきれなさを感じる。
すべての市民の皆様にとりまして、来たるべき新年が明るく、また穏やかな幸せに包まれた年になることを心からお祈り申し上げます。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年12月20日号掲載)
第69号 今年の漢字は?
早いもので、今年も残すところあと一月足らずとなってしまった。市民の皆様も悲喜こもごも、さまざまな感慨のもとに1年を振り返っておられることだろう。
喉(のど)もと過ぎればなんとやらと言うが、想い起こせば昨年は水害、地震、津波と国内外で大きな自然災害が頻発した年だった。それを反映して、毎年、財団法人日本漢字能力検定協会が全国公募のもとに決定している世相を表す漢字は、「災」であった。
さて、今年はどのような漢字が採用されることだろう。ちなみに公表が開始された95年以降03年までの漢字は、震・食・倒・毒・末・金・戦・帰・虎となっている。阪神・淡路大震災、O-157、大型倒産、毒物カレーなどを思い出す。総じて明るさを感じないのは私だけだろうか。
05年も流行語の中には、刺客、敵対的買収、官製談合、鬼嫁など穏やかでない言葉も含まれている。しかし、今年はなんとか将来の明るい展望につながる字を選んでほしいものだ。
先日、千葉県銚子市を出張で訪れた際、頑張って早朝に起床し眺めた日の出は本当に見事なものだった。
真っ赤な火の玉に大いなる感動を覚えながら、「昇」や「望」といった漢字が脳裏に浮かんだが、皆さんはいかがでしょう。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年12月5日号掲載)
第68号 夕焼けが眩(まぶ)しかった頃
子どもと出掛けて、久し振りに映画を観た。
テーマは昭和30年代の日本。駄菓子屋、三輪自動車、力道山、フラフープ、家庭電化製品の登場等々、その時代を彩ったさまざまな情景が次々に現れて大変懐かしかった。
特に、「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機をわが家で初めて目にした時の新鮮な驚きを思い出してストーリーに共感した。
当時の日本は、一介の発展途上国にすぎなかった。しかし、経済発展に賭(か)ける意気込みは国中にみなぎっており、普及し始めた家電製品が確かな成長の一つのシンボルだったといえよう。
考えてみれば、現代の子どもたち(あるいは大人も)は素朴な感動を覚える機会が少ない分、不幸なのかもしれない。昔と比べて、生活はこんなにも便利になったけれど。
俳優の小沢昭一さんがこんなことを言っておられた。「子どもの頃、毎日夕方まで泥んこになって遊んで、家に帰ろうとすると空一面が真っ赤な夕焼け。来る日も来る日も眩しいほどの夕焼け。あの夕焼け、どこへいっちゃったんでしょうね」。
真っ赤な夕焼けは無くなったのか、それとも人々の目に映(うつ)らなくなったのか。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年11月20日号掲載)
第67号 市制施行50周年(その3)
市報の発行は今号で1251回を数えるが、先日、昭和30年の記念すべき創刊号(当時の名称は調布市報)を読む機会を得た。
7月22日付けの第1号には、山岡柳吉初代市長の議会における施政方針演説が掲載されている。その内容は、当時の調布市の懸案事項を端的に指摘しており大変興味深い。
まず山岡市長は、調布市が「都心から一時間ほどの近距離にある衛星都市」であると位置付け、「市というものの体面や施設が未整備」であることを認めたうえで、取り組むべき課題として、教育、建設、産業、観光、衛生の5分野の強化をあげておられる。具体的には、二部教授(註)の解消、上下水道の設置、商工農業の釣り合いのとれた発展、多摩川と深大寺の二大拠点を中心とした観光振興および予防衛生の徹底が重点施策とされている。
調布市誕生時の姿を思い起こすことにより、今さらながらに、その後50年の歩みにおけるシステムや施設の飛躍的な充実のあとを認識することができた。また、産業や観光の振興といった面では現在と同様の課題をかかえていたことがよく分かる。
それぞれの市民の方が、さまざまな感慨を胸に抱く中で、調布市は11月6日に市制施行50周年記念式典を挙行いたします。
調布市長 長友貴樹
(註)教室または教員の不足により、前後ニ部に分けて授業を行うこと。二部授業
(市報ちょうふ 平成17年11月5日号掲載)
第66号 深大寺界隈(かいわい)から
週末に神代植物公園に足を運んだ。11月13日まで、バラフェスタの期間中である。274種、5100本にも及ぶ色とりどりのバラが咲き誇り、訪れる人を楽しませてくれる。
また、当日は木管五重奏によるコンサートも催された。あいにくの雨模様であったが、多くの来場者が花を愛(め)でつつ、美しい音色に聴き入った。大変満ち足りた時を過ごしながら、この公園の素晴らしい立地条件を再認識する思いがした。
公園を管理する東京都の方のお話によると、来年からバラ園内のカフェテラスを一般に貸し出すことが検討されているという。ライトアップされた中でのさまざまなパーティーはきっと人気を呼ぶことだろう。
深大寺周辺の話題をもう一つ。現在、第1回「深大寺短編恋愛小説文学賞」の選考が進んでいることをご存知だろうか。この賞は、深大寺もしくはその周辺を背景としたラブストーリーのみを対象としている。
大前勝巳実行委員長によると、9月末の締め切りまでになんと334もの応募作が寄せられたという。10月22日に受賞作が発表される予定で大変楽しみだ。
今後とも、わがまちの恵まれた立地条件を活(い)かしたさまざまな企画を応援していきたい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年10月20日号掲載)
第65号 ニューハンプシャーから
米国北東部ニューハンプシャー州から電子メールが届いた。「元気にやっています。家は学校から徒歩3分程度の近い場所に決めました。冬の寒さと雪を考えると年寄りにはちょうどいいのではないかと思っています」。
友人のY君は、この7月まで中央官庁のエリート官僚だった。四半世紀にわたる付き合いだが、いかにも九州男児らしいおおらかな好人物である。年寄りというのはジョークでまだ50歳になったばかりの働きざかりだ。
「今年の1年生は150人程度で、全米のロースクールの中でも最も生徒数が少ない学校の一つではないでしょうか」。渡米の目的は米国で弁護士資格を取ること。最低でも3、4年かかるらしい。長い時間をかけて、高い学費を含めた数年間の生活費(夫婦二人分)を貯金したという。
出発前に、なぜ安定した生活を捨ててその歳でチャレンジするのかと訊(たず)ねた。「僕は本当にアメリカで頑張っている日本企業の役に立ちたいんですよね」。何の気負いもなく淡々と答える彼に、「それにしても今さら」と言いかけて言葉を飲み込んだ。他人のことが言えた義理ではない。
それにしても大した決断、気高い志である。こんな立派な男がいるのだからもっと自分も頑張らねばとつくづく思った。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年10月5日号掲載)
第64号 日々の備えを
昨年は悪天候のため、市の総合防災訓練が中止となったが、今年は去る8月27日に多くの団体、企業、また市民の皆様の協力のもとに無事挙行された。
その訓練からわずか一週間後の9月4日夜から5日未明にかけて、東京地方は激しい集中豪雨に見舞われた。調布市でも1時間に89ミリ、総雨量178ミリを記録し、床上・床下浸水83件(註)という30年ぶりの大きな被害が発生した。そのため、深夜お気の毒にも3世帯7人の方が滝坂小学校に自主的に避難された。また、武者小路実篤記念館も当分の間休館せざるを得ないほどの損害を受けた。消防団を始めとして、夜を徹して復旧活動に従事していただいた皆様にあらためて深く感謝申し上げます。
昨年ほどではないかも知れないが、今秋、まだ日本列島には台風の襲来が予想される。常に危機管理意識を持って備えを固めておきたいものだ。各家庭で、最低3日分の水、食糧は備蓄いただいているだろうか。また、懐中電灯、携帯ラジオ、軍手、乾電池など防災グッズはすぐに持ち出せますか。さらに、大地震やテロが発生した場合の帰宅困難者対策も深刻である。是非とも勤務先に、運動靴、軽装の着替え、携帯地図などを常備されることをお勧めしたいと思う。
調布市長 長友貴樹
(註)9月5日朝までの24時間の総雨量。床上・床下浸水件数は地下室も含む
(市報ちょうふ 平成17年9月20日号掲載)
第63号 協定を活かして
3人の大学生が市役所に来られた。それぞれ別々の大学の写真部員だという。9月16日から18日の3日間、電気通信大学において、首都圏を中心にした27大学131名が参加して、「学生合同写真展2005」が催される。その協力依頼で来訪されたわけだが、私も自分自身の学生時代のさまざまな活動を想い起こして微笑ましい気持ちになる。成功を心からお祈りしたい。
また、同じく電通大で9月19日から22日まで「日本機械学会2005年度年次総会」が開催される。両イベントともに調布市民に門戸が解放されていることは有り難い。写真鑑賞や学会の一部参加可能講演会などへの出席を是非皆さんもお考えいただきたい。一昨年に締結した協定(註)が成果を挙げつつある好例といえる。
協定といえば、明治大学野球部にも感謝申し上げたい。今年も8月後半の、秋のリーグ戦を控えた忙しい時期に、調布市内公立中学を集めて指導および野球大会を実施していただいた。私も見学させていただいたが、どれほど各校野球部員の励みになっていることか。
さらに、桐朋学園大学にも11月の市制施行50周年記念式典にご協力いただくことになっている。各大学との連携をますます強化していきたい。
調布市長 長友貴樹
(註)相互友好協力協定 調布市との間で電気通信大学 平成15年5月20日、明治大学 平成16年2月17日、桐朋学園 平成16年7月22日にそれぞれ締結
(市報ちょうふ 平成17年9月5日号掲載)
第62号 戦後60年に寄せて
市内で、ある美術展を拝見した。展覧会のタイトルに「平和」という言葉が用いられていたので、「平和が作品の共通テーマなのですか」と伺ったところ、「特別にそういうことではありません。ただ、しいて言えば、このように自由に絵が描ける環境は平和だということでしょうね」とのお答えをいただき、なるほどと納得した。
毎年8月は、2度の原爆投下および終戦を想い起こし、多くの人々と同様に私も、平和な社会の継続のために努力することを心に誓う。
ただ時折、今後の日本を考える時に不安を覚えるのは私だけだろうか。「平和」の対極に「戦争」があるとすれば、戦争を誰も実体験として知らなくなった時に平和の尊さを再認識することは、極めて難しい。
私の両親はともに大正半ばの生まれであり、戦争によって大変な苦労を強いられた世代である。特に父はいわゆるシベリア抑留組で、命からがら帰国してきたという。そのため幼児期から、父母により戦争の悲惨さをよく聞かされていた。
あと10年もすれば、実際に戦争を体験した方が本当に少なくなることだろう。今後私も、戦争の惨禍を伝えることに貢献していきたいと思っている。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年8月20日号掲載)
第61号 楽しく有意義に
7月下旬に本稿に取り組んでいるが、高校野球地方予選たけなわである。今年は親しい友人のご子息が神奈川県の強豪校で甲子園を目指して頑張っているので例年以上に力が入る。この市報が発行される頃には当然結果が確定しているが、現時点ではベスト4まで勝ち残っている。なんとか甲子園の土を踏ませてあげたいものだ。
また市内に目を転じると、神代中学サッカー部が先日の東京都大会で見事優勝し、8月7日から宇都宮市で開催される関東大会に出場する。
現代の中学校スポーツの世界で、私立校が無条件に優位を占めると決まったものではないだろうが、やはり施設の整備度、また小学校からの一貫教育の中でのチーム作りなどの面で私学の方が恵まれた環境にあることも指摘されている。それだけに、そのようなことを乗り越えて調布の公立中学が東京都の頂点に立ったことは快挙であり、心からお祝いを申し上げます。
勝利の感激に包まれる時それまでの苦労はすべて吹き飛んでしまうのだろうが、厳しくかつ単調な練習の継続なくして栄冠はつかめない。スポーツ以外の分野を含めて、すべての生徒、児童が有意義な夏休みを過ごすことを期待しています。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年8月5日号掲載)
第60号 秋の味覚を楽しみに
「市長太ったね」。昨年ぐらいからたびたび、そのようなご指摘を受けるようになった。
そうなのだ。確かに体重が増加してしまった。ただ、厳密に言うと戻ったということになる。3年前、選挙時のすさまじい運動量により、なんと3か月で6キロも健康的に体重が減り大いに気を良くしていたのだが、その後普通の生活に復帰したら、1、2年でその減量効果がほとんど消えてしまった。
体重増の要因としては、年齢、5年前からの禁煙による食欲増加、通勤時間の大幅短縮による運動量の減少などが考えられるが、太ると心臓への負担のほか、糖尿病などの生活習慣病も心配になってくる。
そこで、もう一度真剣に体重管理をしなければと思っていたところ、ある耳よりな減量法情報がもたらされた。なんと、夕食の制約があまりないという。半信半疑だったが、実践した方に直接お聞きしたところによると確かに効果があるとのこと。
4月1日から取り組んで、最近ようやく多少の効果が現れてきた。「石の上にも」ではないが、なんとか半年程度は頑張ってみようと思っている。天高く馬肥ゆる季節に秋の味覚を心ゆくまで堪能することを楽しみにして。
結果は後日ご報告します。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年7月20日号掲載)
第59号 調布発 クールビズ
クールビズという言葉があっという間に日本全体に広まった。環境省が地球温暖化防止を進める一環として、夏季の軽装を奨励しようと募集した愛称である。「涼しい」「かっこいい」のCOOLとビジネスの略称であるBIZが合わさった造語とのこと。
なかなか響きの良い言葉だなと思っていたら、その名付け親が調布市内の企業にお勤めの方(田形英明さん(31歳))だというので驚いた。この愛称に一層親近感がわいてきたような気がする。
市役所でも5年前から、室内温度を28度に設定するのに合わせて、6月から9月の間「ノー上着・ノーネクタイ運動」を実施している。その必要性、効果などについては今後とも市報等でお伝えしていきたい。市民のみなさんのご理解をお願いします。
さて市報といえば、いよいよ7月5日からポスティング(郵便受けへの投げ込み)を開始した。
インターネットの普及などにより、いまや新聞を取らない世帯が調布市内のなんと25パーセントにも及んでいる。そこで新聞折込みに加えて、新聞未購読世帯にも市報をお届けしようとこのようなサービスに踏み切った。市報発行の財源を得るために始めた有料広告の是非とあわせ、ご意見をいただければ幸いだ。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年7月5日号掲載)
第58号 歯は長い友だち
今年も梅雨の時期となった。しとしとと降り続く長雨も、それなりに趣のあるものだと思うがいかがだろうか。子どもの時分、縁側のガラス戸越しに、一雨ごとに色づいていく紫陽花(あじさい)や苔の上でぴょんぴょん飛び跳ねる蛙を飽かず眺めた記憶がある。時代がのんびりしていたせいかも知れないが。
ただ、子どもたちにとっては、連日、屋外で運動できないことはかなりの苦痛だろう。それに、梅雨どきは食物の衛生管理を含めて健康状態を良好に保つことがなかなか難しくもなる。
6月4日の「虫歯予防デー」から始まる「歯の衛生週間」の催しとして「歯と健康のつどい」が開催された。毎年、歯科医師会の先生方のご尽力により、さまざまなプログラムを通して、歯の衛生と健康に関する正しい知識を多くの市民に普及、啓発していただいている。たとえば八〇二〇(はちまるにいまる)運動をご存知だろうか。80歳で自分の歯を20本持ち続けることを目標とする運動だ。今年表彰された方の中には30本以上の方もおられて大変驚いた。
私も今後の人生を考える上で、歯の健康については、より気を配っていくつもりだ。今年からは朝晩に加えて昼食後も歯磨きを始めた。なんとか長続きさせたいと思っている。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年6月20日号掲載)
第57号 心からのエールを
先日、何人かの大学生の方と話す機会があった。3年生で行政法を専攻しているとのこと。
みんな目がきらきらと輝いており、大変好感の持てる若者たちだった。ただ、そろそろ就職が気になり始めている様子。夏を越えるころから本格的な就職活動を始めるそうだ。
公務員志望の人も何人かおられたので、是非、調布市も検討の対象としてほしいとお願いをした。ただし、「でも、これからは地方自治体も競争の時代であり、やりがいも大きいけれど、仕事はより厳しくなりますよ」との一言を付け加えた。
現代の若者が、昔と比べて将来の生活保障にすごく敏感だと言う声を時折耳にする。そして、そのような風潮を気概に欠けると嘆く人もいる。しかし、よく考えてみれば、長引く不況のなかで今の20代の人たちは、小学生ぐらいから不景気な話題ばかり聞かされてきたわけだ。ものの考え方が高度成長の時代と異なって、多少生活防衛的になったとしても無理からぬことではないだろうか。
ほんの少し、景気が上向いてきたという見方もあるが、まだまだ就職戦線は厳しく、若年層の失業問題は深刻だ。一生懸命努力している彼らに幸多かれと心からのエールを送りたい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年6月5日号掲載)
第56号 連休が明けて
今年も国領神社の「千年藤」が見事に咲き誇った。
樹齢千年ともいわれる御神木の生命力に驚嘆するとともに、良い状態で保存するには関係者のどれほどのご苦労があるものだろうと、あらためて感心させられる。
目にも鮮やかな紫色を眺めていると、本当に心洗われる思いがする。調布市が誕生してから、まだ50年が経過したに過ぎないが、そのはるか以前から、この木は多摩の歴史を見つめ続けてきたわけだ。もし「千年藤」に言葉があるのなら、この地方の変遷をどのような思いで見つめてきたのか尋ねてみたい。ゴールデンウィークのひととき、えもいわれぬ芳香に包まれながら、そんなことを考えた。
その連休が明けて、9日の昼食時に調布中学校におじゃました。4月から始まった中学校給食を実際に体験するためだ。
私も生徒たちと机を並べて、会話を楽しみながら、親子調理方式(註)により石原小学校でつくられた給食をいただいた。運搬面での安全体制にも十分配慮しながら、迅速に提供される温かい食事はおいしかった。子どもたちにも概(おおむ)ね好評の様子。
今後、多くの方のご意見をもとに、この給食がさらに充実することを確信しています。
調布市長 長友貴樹
(註)既存の小学校の給食調理室を活用し、小学生の給食とあわせて中学生の給食を作り配送するシステム
(市報ちょうふ 平成17年5月20日号掲載)
第55号 新社会人の皆さんへ
私は、昭和51年に就職した。社会人生活は今年でちょうど30年目となる。大学時代の成績は決して優秀とはいえず、また、これといって他人より秀でた才能もない身では、卒業時に期待より不安が先に立ったというのが正直な思いだったと記憶する。
就職後は、仕事の性格上、外国語をマスターしたい、経済知識を身につけたい、などと念願しつつ気ばかり焦れども、めざましい向上のないまま、いたずらに時は流れていった。
ある程度ふっきれたのは、勤めて10年以上経った頃ではなかったろうか。サハラ砂漠に面した貧しいまちで人々の根源的で素朴な生活に触れ、中米の最貧国では物乞いの少年たちに涙し、モンゴルの極寒の季節にマンホールで暖をとる孤児に己の無力感をいやというほど思い知らされる。そんな体験を一つ一つ積み重ねながら、どんな困難にもいざとなれば体ごとぶつかっていくしかない、だんだんそう思えるようになっていった。
職場で周囲をじっくり観察するといいでしょう。どの先輩を見習うべきか。厳しい環境から逃げようとする人は、他の部署に移っても必ず同じことを繰り返す。
私は、本当に人に恵まれた。外国語も経済もいまだにすごく難しいのではあるけれど......。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年5月5日号掲載)
第54号 市制施行50周年(その2)
4月1日金曜日、午前8時半の始業時には、すでに市役所2階の市民課の前に申請を待つ市民の方が何人かお越しになっていた。毎年、年度の変わり目のこの時期には転居が多いため、各種申請に来られる来訪者は早朝からかなりの数にのぼる。
その中で、当日最も早く調布市への転入届を提出された方に、市として「新たな半世紀の第1号市民」の認定証および記念品を差し上げた。
対象者は兵庫県伊丹市から国領町に転居して来られた山本智子さん。山本さんは、わが市が昭和30年4月1日に誕生して以来、満50周年を迎えた日に最初に市民登録された方。言い換えれば、市制施行から半世紀が経過して、気持ちも新たに再スタートを切るにあたり、記念すべき第1号市民ということになる。
昭和30年に約4万5000人だった調布市の人口は、現在21万人を超え5倍近くとなった。その間、50年の歳月の中で調布市民はいったい何人おられたのかを調べてみた。なんと、山本さんが103万2024人目の市民となる。
100万人以上の方々のさまざまなお力添えのもとに、調布市は素晴らしい発展を遂げてきた。この事実の重みをしっかり胸に刻みつつ50周年事業に臨みたい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年4月20日号掲載)
第53号 市制施行50周年(その1)
4月1日、いよいよ調布市は昭和30年の市制施行以来、満50年を迎えた。
新たな50年のスタートに際して、夢のあるまちづくりのために、市民の皆様のさらなるご協力を心からお願い申し上げます。
50周年に伴い、平成17年度には市の主催でいくつかの記念事業を行うが、その他にも市制施行50周年記念と銘打ってさまざまな催しが実施される予定だ。
その先駆けとして3月19日から5月31日までの期間、味の素スタジアム特設会場にて、「木下大サーカス」公演が繰り広げられている。
空中ブランコ、アクロバット、オートバイショーなどのさまざまな曲芸。シマウマやキリン、はては猛獣ライオンまで登場する動物ショー。さらには大仕掛けのスーパー魔術、幕間を飽きさせないピエロの寸劇など、まさに老若男女がこぞって楽しめるイベントとなっている。
昭和30年代に、親に連れられて初めてサーカスを見に行った。娯楽の少なかった頃のわくわくする胸のときめきを思い出す。そして、見終わったあとの一種哀感を帯びた余韻。あれはいったい何だったのだろう。追憶は切なく懐かしいが、国際的な大スペクタクルとなった現代サーカス、これもまた素晴らしい。
調布市長 長友貴樹
(市報ちょうふ 平成17年4月5日号掲載)